2017年4月の霊想



   二人一組(4月2日)


 聖書では、二人を単位にしているケースをよく見ます。イエス・キリストが弟子を伝道に遣わす時、二人一組にしました(マルコ6・7)。また創世記には「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2・18)と人を男と女に創造されました。
 特に日本人は「一人なら愚鈍だ。だが、二人寄ると誰も太刀打ちできなくなる」と、ジョン・ガンサーが彼の著書『アジアの内幕』で述べています。  しかし、二人になる時、引き算・割り算の関係になるのか、足し算・かけ算の関係になるのか、ここが大きな分かれ道です。そこで、二人になる前に、どうしてもしなければならないことがあります。
 先日、ある人に「どうして結婚したいの」と聞きますと、「一人でいると寂しいから」と言われました。一人で生きることができない人は、二人になると引き算・割り算になりがちです。二人で力を合わせることのすばらしさの原点は、まず、神と二人になることです。
 自立とは神と共に生きること。この自立を確立することにより、二人となった時に協力して、より建設的な人生を築くことができます。
 いつもこの原点を思い起こし、神と共なる時間(ディボーション)を充実させましょう。



   三つの幸せ(4月9日)


   一、受ける幸せ
 受けることは大きな喜びです。また、もらうことは謙虚さを伴うのでむずかしい時もあります。
 「求めれば与えられる」とのみ言葉は、あなたの人生の土台となり、多くの豊かさの源泉となります。神様の満ちあふれた祝福を存分に味わいたいものです。
   二、与える幸せ
 「受けるよりは与える方が、さいわいである」(使徒20・
35)とあるように、すべての人に何らかの与える役割があります。
 どの場面でも、自分は何を与えることができるかを問う時、必ず答えが見つかります。形あるものではなくとも、あなたのさり気ない振る舞い、ほほえみを差し上げることも、相手の人のエネルギーとなります。
   三、そのままの幸せ
 やがて年を老い、受けることも与えることもできない存在になっても、私たちは、「存在するだけですばらしい、ありのままのあなたがすばらしい」のです。
 受ける幸せ、与える幸せの状況の中でも、「存在するだけですばらしい」という土台の上に立つ時、幸せが美しく花開き、豊かな実を結ぶのです。




  復 活 の 力(4月16日)

 最近、日本各地でイースターに関係したイベントが多く開かれるようになり、色とりどりの卵が紹介されています。それを、欧米では「イースター・エッグ」と呼びます。ひなが殻を破って生まれてくる姿に、イエス・キリストが十字架の死から三日目によみがえり、復活し、「死」という殻を破った姿を重ねていると言われています。
 イエス・キリストは「主の御名によってきたる者に、祝福あれ」と叫ぶ民衆の声に迎えられてエルサレムに入城しました。しかし、その後、進んでご自身を敵の手に渡され、十字架上で死なれました。
 イエス・キリストの十字架上の言葉「すべてが終わった」とは、全人類の罪の身代わりのみ業を完全に達成されたことを天下に告げる、神の宣言でした。そして、約束通り三日目に死者の中から復活され、弟子たちの恐れと不安を一掃しました。
 アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンの墓がバージニア州マウント・バーノンにあります。その墓碑銘に「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ11:25)のみ言葉が記されています。
 復活し、今も生きておられるイエス・キリストの力を信じ、日々、困難の殻を打ち破ってゆきましょう。




 (4月23日)






 (4月30日)