2017年8月の霊想



   なぜディボーションをするのか(8月6日)


  「コスモス」と 電話をかける 女かな
 この句は東京の方が詠まれました。そうなのです。東北のおばあちゃんが電話をかけている様子から、「もしもし」を「コスモス」と表現しているのです。人は皆、このように自分の内面にあるものを通して外界を見ています。三角窓から見るとすべてが三角に縁取られて見え、青いメガネをかけていると外界が青く見えるのは、ごく当然のことです。
 私たちが毎日み言葉を読み、祈る、すなわちディボーションをするのは、いつの間にか、霊の紙に鉛筆で様々な不必要なことが書かれているのを、消しゴム(祈りとみ言葉)でしっかりきれいに真っ白にするためです。その生活を続けると、不思議なことに、ありのままをしっかり聞き、見、感じることのできるレベルから、やがてはどんな否定的なことを聞いても、天の窓を通してものを見る見方、考え方によって、祝福でとらえることができるようになります。たとえば他者が「もうだめだ」と言っても、「今、『大丈夫』とおっしゃいましたか」と受け止める世界です。「そんなこと」と思われる方も、聞き違いの裏返しを徹底すると、本物、そして本物以上の世界を体験して生きることができるのです。
 今週も、日々の神様との交わりを密にしましょう。



 問いかけ(8月13日)


 日々の会話の中、自分に対しても他者に対してもどのような質問をするかで人生の方向が決まります。質問は、その人のいる位置を鮮明に語ります。
 他者に対する問いは3種類あります。
  1.相手が聞いてほしくないことを聞く
本質を突く名医が、患者さんが嫌がっても的確な診断のための質問をするように……。しかしこれは、次のレベルを通し、配慮の麻酔が効いてからの方が効果的です。
  2.こちらが聞きたいことを聞く
人は自分の興味や関心のあることを質問しがちです。しかし、そのような問いを一度発すると、本質とは異なる所に誘われることが常です。まずは、自分の興味を一度棚に上げることも知恵のある方法です。
  3.相手が聞いてほしいと思うことを聞く
人には自尊心があり、自分を高めていきたいと願っています。時には本人も気がつかない、聞いてほしいところをしっかり質問することです。「お元気の秘訣は?」「すてきな人生を送っていらっしゃいますがそのコツは何ですか」等々。
 イエス様が、十分相手を熟知していても「あなたは何をしてほしいのか」と問われたように。




 あきらめない(8月20日)

 「皆様のご意見に従う」という日本流の生き方は、まさに日本ならではの「和の精神」で、説明を越えた美しさがあります。一方、人間関係において、信ずるところをどこまでも、完成に至るまであきらめない生き方も大切です。
 新商品が開発されると、日本では必ず「市場調査」と言って商品を試してもらいます。そこで適切な評価が得られないと、その商品は消えていきます。
 大塚製薬は「ポカリスエット」を作り、市場調査をしましたが人気がなく、「これは売れない」というスタートでした。しかし「これは良き物で、必ず人々の生活に寄与する」という強い信念のもと、あきらめずに販売したところ、ついに、今では誰もが知り、健康に寄与し、他社から類似の商品が作られるほどの大成功に至りました。
 このように、あきらめない生き方には忍耐と強い確信が必要です。
 様々なものが流れ来ては去って行く時代ですが、神様は私たちに命を与え、今も変わらず、私たちと共におられます。そのことを覚え、「すべてのこと相働きて益となる」の信仰を、今週もしっかりと心に秘め、逆風に遭っても、み言葉と祈りに支えられて、一歩一歩前進していきましょう。




 おいしい食べ物(8月27日)

 あなたはどのようなものを「おいしい」と好んで召し上がりますか。現代人は添加物の入った食品をよく食べます。たとえば、インスタントラーメンや菓子パンなど、添加物が多く入った食品が人気です。
 添加物そのものの影響もさることながら、科学的な味に舌が慣れてしまうことが一番恐ろしいことです。素材そのもののおいしさではなく、付加された味を「おいしい」と覚えてしまったからです。一度この生活習慣が身につくと、それを変えることは至難の業です。
 普段からそのような食品に馴染まないように努力するよりも、すでにドップリと浸かっている私たちがなすべきことは、毎日の生活の中で本物の味を覚え、それに馴染むことです。
 食べ物があなたの寿命を決めるように、あなたの心の食事はいかがですか。目先の一時的な快楽をエネルギーにしていると、ここ一番という時に、何の役にも立たないものです。一日一日、しっかりと本物である聖書の言葉をくり返し噛み砕き、小さな出来事の中でそれを活用し、生かすことです。一度、み言葉と祈りによって生きることを習慣にすると、これに勝る喜び、平安はないことを実感なさるからです。
 今週の一日一日がそのような日でありますように。