惜しみなく与える (4月18日)
今年も桜前線が北上中です。桜の花は、なぜ、これほど日本人に愛されるのでしょう。
長い冬の眠りから呼び覚まされたように、一気に美しく咲き、一生懸命に生き、一気に散り、潔くその使命を全うする。そのような生き様を自らの生き方に重ねるからでしょう。
近年、「武士道」がブームのようです。それは、桜のように生きる生き方を、もう一度呼び起こそうとする思いからかも知れません。企業をはじめ、様々な不祥事が続く昨今。桜のような在り方、潔さが問われているからです。
今年も、満開のひとときの花を見つめつつ、あなたはどのような思いをお持ちになっておられるでしょうか。
祝福を得た人生、どのように感謝をもって生き、御国へ凱旋する朝を迎えるのか……桜の花にキリストが生きられた人生を重ね合わせ、思いを馳せたいものです。
「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」(ピリピ2・6~8) |