感謝と慰めの日(12月8日)

「あなたは、さきにわたしにむかって怒られたが、その怒りはやんで、わたしを慰められたからです」(イザヤ12:1)

 

救い主イエス・キリストの十字架を信じた者は、その信仰ゆえに罪赦され、神との平和を体験しています。本来、私たちの上に下されるはずであった神の怒りを、キリストが身代わりに受けてくださったからです。もはや神の怒りはやみ、神から私たちに与えられるのは慰めです。私たちは現在それを信じている段階に生きていますが、やがて、「その日」そのことが本当のこととなり、感謝と慰めの日々が続くのです。

キリスト教式の葬儀はその天国の希望を現実に表す予告篇のようなものと言えましょう。初めてキリスト教式の葬儀に参列される方々へは、「親しい人を失った悲しみはもちろんありますが、故人は天国に行ったのだと確認するお祝いの意味がございます。これは、永遠の別れではなく、天国で再び会えるという希望を確信する式です」とご説明しています。そのような意識で作り上げられた祭壇や告別式の会場、そしてそこで語られる故人の思い出、牧師のメッセージは、一貫して希望に満ち、死者を送る葬儀でありながら、明るい光を照らします。

感謝と慰めのその日が必ずあることを信じ、天国の希望を抱きながら今週も歩みましょう。

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