信仰の大転換(7月27日)

明治の大キリスト者である内村鑑三は、一度結婚に失敗しています。親の反対を押し切って結婚し、しかも信仰を持ったクリスチャン同士が半年で離婚ですから、当時としては一大事です。彼は再起を図り、アメリカに渡航しました。しかし、日本ではエリート役人だった内村がそこで得た職は、全く畑違いの知的障害児養護学校の看護人でした。

彼はこの苦労を、自分が犯した自己中心の罪の罰、そしてそのために神が与えた試練であり、自分の努力でこれを解決し、乗り越えなければならないと考えました。そのような時、彼はアマースト大学のシーリー学長と出会い、それが彼の人生を変えました。

「内村君、自分の力で自分を聖くしようとしても、到底できるものではない。自分の罪に代わって十字架に釘づけられて死んだイエス・キリストにおいて初めて克服できるものなのだ。何故キリストが十字架の刑に遭って死んだのか、その意味のほうを先に考えなさい」。自分の側からしか見ていなかった内村鑑三に対して、シーリー学長は神の側からの視点を与えました。限界ギリギリにまで来ていた内村にとって、それはまさにブレイクスルーの言葉となって心に飛び込み、彼の信仰の大転換の時となったのです。

限界が見えてきた時こそ、神の御手が見える時です。恐れずその手にすがり、謙遜に神の恵みを受けて参りましょう。

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