「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」(ヘブル12:11)
日本画の福田平八郎氏のところに、ある人が鮎の絵を持って来ました。「これは先生の絵ですか」と尋ねると、福田氏は自分の作品ではないとし、その理由を「この絵は私より巧い。だからいけません」と静かに言われました。「この絵はおそらく私の作品か複製を見て描かれたものでしょう。実に手際良く、何の停滞もなく、巧く描かれています。私は、このように描くことはできません。いつでも、ああでもない、こうでもないと苦しみもがきながら描くのです。そのような苦しい製作の故に、私の心が次第に絵にしみ込んでゆき、命のある絵が完成するのです」(田中信生著『生活の処方箋』より)。
神が与える訓練は、当座は喜ばしいものとは思えません。しかし、それによって人は鍛えられ、福田氏が苦しむ過程で絵と自分が一体化するように、あなたも命ある人生の絵を描いているのです。
「平安な義の実を結ばせるようになる」との約束に信頼し、今週も神の訓練をいただいてまいりましょう。
