十字架を負う(2月15日)

「筋トレで 古希を迎える 女の古(こ) 」。ある女性向けフィットネスクラブに通う 69 歳の方の川柳です。「女の子」でなく「女の古」としているところにほのぼのとしたユーモアを感じます。 キリストの弟子たちの「筋トレ」は十字架を負うことです。これはキリストに従う時の重荷です。弟子として従っていきたいという気持が起こされる時、人は進んで十字架を取り、負おうとするものです。

S子さんは親の看病を続けながら、保育士になる夢をあきらめませんでした。わずかな時間をも無駄にせず勉強に励み、いよいよ就活の際に教会系の幼稚園を紹介されました。初めて礼拝に出席した時の彼女の印象は、「世の中に、こんなに暇を持て余している人たちがいるのか...」というものでした。1 分 1 秒も無駄にできないと考えていた彼女にとって、全く異質の世界だったのです。

しかし、苦労を積んだ人ほど神の愛がしみ渡ります。S子さんはその幼稚園に採用され、礼拝に参加するうちに神に心とらえられ、洗礼を受けてクリスチャンとなられました。今では自分だけでなく、人の重荷まで背負おうとする愛の人として歩んでおられます。十字架を負おうとする時にひるむこともありますが、神の導きとその先の喜びを信じ、与えられた十字架を安心して負っているのです。

十字架の先にある喜びを先取りし、今日の重荷を負わせていただきましょう。

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