1999年2月の霊想

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真の自己確立に向けて  2月7日) 

聖地旅行に行かれた教会員の方々が、先日、次のような話をしておられました。

 イスラエルの砂漠、さらに、ナザレからエルサレムまでイエス様の歩みをたどってみて、行けども行けども続く荒涼たる大地を見て、地上に頼るべきものをもたない砂漠の民が、天上に、唯一の、価値の根源を求めることは、まことに自然なのだ、と思われた。
それに引き替え、日本は豊かな自然に包まれ、人間の根元的な不幸や、それを見つめ、向き合い、突き詰めて考える必要がなく、何事にも甘さ……が残るのです。

 しかし、時代は大きく変わってきています。国が、世の中が、何とかしてくれるという時代から、自己責任の時代に入りました。日本人にとって、あらゆる面で『覚悟の時代』に入ったとも言われます。
自然は豊かでも、心は砂漠のように荒涼としたこの時代だからこそ、創造主なる神と直結し、自己を確立した歩みを日々に強化していきたいものです。
さらには、自らが立つと共に、多くの人々にとって、地の塩、この時代、世の光となれるよう、今週も、心して備えてまいりましょう。

幸せは自分持ち  (2月14日) 

満ち足りた人生を生きるための、唯一の秘訣は、自分に自信をもって生きることです。この場合の自信とは、人と比べるのではなく、自分は、この自分以上でも、自分以下でもない。今、与えられたこの状況の、この私を、感謝をもって生きることです。
人と比べ、自分の願望と比べ、何と多くの人が、自分自身を受け入れていないことでしょう。これがすべての葛藤の根源です。自分を大切にしない人ほど、不平不満が多く、他人に甘えます。そして、この生き方は、決して満たされることがありません。
幸せは、自分持ちです。
神の作品として造られ、イエス・キリストを通して、すでに罪から解放された者として、あなたは、あなた自身にとって最大の友だち・味方となっていらっしゃいますか?
朝に、昼に、夕べに、神の作品としてのあなたが、あなたに対し、たゆむことなく、励ましのエールを送ることです。あなたの過去が、今置かれている状況が、どのようであったとしても、未来を”過去のペン”で描く必要はありません。どのような人生を生きるかというあなたの選択と、その選択に向けての学習(訓練)が、あなたの未来を決定するからです。

良き花を咲かせるために  (2月21日) 

春が近づき、花屋さんでは、色とりどりの花を見かけるようになりました。その中に、多くの種類の蘭も、華やかに咲いていました。蘭の美しさには、目を見張るものがあります。
アメリカの蘭協会では、花の評価に客観性を重視します。たとえば、カトレア類では、花の形に三十点、色彩に三十点、大きさに十点、花弁の質に二十点、輪数と花所(花の付き方)に十点と配点し、百点で満点となります。この方法では、誰が何回評価しても、一定の得点が保証されます。しかし、この場合、品位とか気品、優雅さという、全体性が組み入れられないことになります。
一方、イギリスの王立蘭協会では、このようなアメリカ式のような基準はなく、審査員が手を挙げて、合議で評点します。
各々の長短がありますが、これを私たちの信仰生活にたとえるならば、米国方式マニュアルのように、毎日、決められた聖書を読み、一定の祈りの時間をしっかり持つことが大切です。また、イギリス式のように、マニュアルで測ることができない、全体的な信仰の点検も必要なようです。
今週も、信仰の良き花を咲かせるため、心して歩んでまいりましょう。

目の向けどころ  (2月28日) 

グレッグ・ノーマンは、オーストラリア人ですが、アメリカで最も人気のあるゴルファーです。
アメリカに『希望を叶える会』というグループがあります。グレッグがフロリダに行った時、試合前の練習ラウンドの日に、その会から、「白血病の少年が、入院する前に、あなたと会って握手をしたいと願っている」との要請を受けました。そこで、少年にフロリダに来てもらい、空港に迎えに行き、「明日、よかったら、試合を見に来ないかい」と招きました。
彼は、この少年のためにどうしても勝ちたい、と思って臨みました。しかし思うようにいきません。最後に長いパットを残しました。彼がギャラリーの方に目をやると、グレッグを見ないで、ひたすら祈っている少年の姿がありました。彼は、この時ほど、勝ちたいと思ったことはないそうです。結果は、そのパットが入って優勝。カップも賞金も、全部少年に渡したのです。
人生にはいろいろな出来事があり、子供の受験であったり、家族の大手術であったりと、ここ一番という戦いに挑戦しなければならない時があります。しかし、その時にこそ、少年のように、どこに目を向け、誰と語るのかを知る者でありたいものです。
今週も、祈りの生活を送ってまいりましょう。

 

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