2003年06月の霊想

  施し散らしてなお富む人 (6月1日)

 人生には二通りの生き方があるようです。
 汗水流して働きながら節約し、集める人生です。人生の目的が集めることが喜びとなりますから、失うことを最も恐れます。「はなさかじいさん」の結末のように、あつめたところがゴールという価値観の人がいらっしゃいます。
 しかし、人生は、そこが折返し点であり、集めたものをいかに施し散らすか、ということが真の人生の目的です。
 与える人生は、点に宝を蓄える人生です。天国銀行に貯蓄出来る人は、なんとすばらしいことでしょうか。
 「神はあなたがたにあらゆる恵みを豊かに与え、あなた方を常にすべてのことに満ち足らせ、すべての良いわざに富ませる力のある方なのである。『彼は貧しい人たちに散らして与えた。その義は永遠に続くであろう』と書いてあるとおりである」(Ⅱコリント9・8~9)
 集めた物を施し散らす。与える生き方を生きたいものです。目に見える物差しで測れるものやお金だけではなく、あなたの時間・ほほえみなど、多くのものを与えることがおできになります。
 今週も、豊かに恵まれ、豊かに施し散らす歩みを心がけてまいりましょう。

  いやしから救いへ (6月8日)

 多くの人がいやされたいと願う現代です。世の中はいやし系の商品で満ちあふれています。音楽であったり、セラピーであったり、お店には、様々な商品が所狭しと並べられています。
 いやしの願いは、苦しみや疲れの軽減、苦しみからの解放のようです。しかし、一旦この世界に入ると、空回りするばかりで、どこまで行っても終わりがなく、ちょうど、円の周りをグルグル回り続けているような状態になりがちです。
 ですから、人々は今、いやしからの救いを求めるようになりました。すなわち、苦しくてもつらくても、どのような状況にあっても、平安を得ることの出来る道を求めているのです。そのためには、私たちの価値や判断の基準を超えて、すべてを造られ、治めておられる父なる神のもとに帰ることです。神と共に生きる人生は、どのような状況にあっても心に平安を得ることのできる、確かな道です。
 いやしから救いへ・・・・それを頭で理解するだけではなく、あなたご自信が、生活の中でしっかりと味わうことです。すなわち、自己中心の罪に気づき、罪のために死なれたイエス・キリストを救い主と信じ、キリストを通して神との交わりを生きることです。

  価値と価格 (6月15日)

 貧しい時代、買い物の折には安いものを求めました。豊かな時代になっても、節約のために、一円でも安いスーパー探し、いくつもの店を通り越してお目当ての買い物をなさる方もおられます。
 しかし、現代の日本を見てみると、価格よりも価値に心を配る時代へと移行しつつあるようです。値段が安いのも価値の一つですが、自分だけが持っている、自分の個性に合うから等、本人固有の生き方にマッチするものを求める考え方、生き方です。
 価格から価値へ、これは一つの確かな流れです。安さを求めるよりも、値段ではなく物事すべてに意味や価値を見いだすことによって、人生の空虚さを満たそうとする時代です。
 この現象を思う時に、大小、強弱、善悪などという二元的な生き方から、どのような状況にあっても、すべてのものに意味と価値があり、すべては宝であるという生き方、考え方こそ、現代人が求めてやまない心の拠り所であることがわかります。この生き方は、持ち物や能力によらず、横を見ないで天を仰ぎ、神を信じ、み言葉と祈りによって、誰にでも与えられる確かな満足です。
 今週も、主と共に、どんなところにも価値を見いだす心豊かな生き方をしてまいりましょう。

  自分の評価基準 (6月22日)

 あなたは、自分自身の価値を測る時に、次のどの物差しを用いておられますか。
 一、相対評価
 比べて自分の価値(位置)を知る方法です。成績の五段階評価などがそうです。これは相対的なので、優れた人でも、優秀なグループに入れば評価は低くなります。
 二、到達度評価
 最終目標に達しているかどうか、あるいは、ゴールに向かってどこまで到達しているか、という見方です。運転免許試験などの各種資格試験がそうです。この場合、目標がはっきりしているので、自分の価値(位置)を知ることができます。
 三、個人内評価
 これは、他人は目標との距離ではなく、自分自身と比べ、どこまで伸びたかを評価する方法です。
 四、絶対的評価
 最初の三つの方法は、どれもその状況で活用する時、自分を育てる助けになります。しかし、「自分であること」の真の平安は、絶対評価から来ます。それは比較ではなく、「あなたは高価で尊い」と言われる神様の目を通して自分を見つめ、自らを励ましていく方法です。これを基本として、はじめて、他の評価法を縦横無尽に活用できるのです。

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