2019年6月の霊想

  祈りの鐘(6月2日)

 日本人は同じ正解の中に生きることを好みます。そのために、独創性が乏しいとも言われます。しかし、教会に集われているお一人びとりに聞くと、クリスチャンになられて「神様との二人きりの関係の中で、いつもユニークな、また、独創的な考え、平安を得ることができる」
とおっしゃる方が多くおられます。
先日、礼拝メッセージで『修道院の鐘』の話をしたのを覚えていらっしゃいますか。多くの人々から「それはどういう意味か」と問われました。と同時に、様々な心にしみ入る答えをお伺いしました。その一つに、「修道院の鐘は、決まった時に、多くの人々に向けて鳴らされます。しかし、私にとって祈りの鐘は、決まった時間ではなく、私にとって最もふさわしい時に鳴らされます。そして、神様はその個人的な対話を喜ばれます」と答えた方がおられました。何とユニークで、また、深みのある神様との関係でしょう。
神と共に歩むとは、限りある状況の中で、あなたならではのユニークな生き方を、祈りの中で神様に尋ねながら歩み、味わっていくことです。
今週も、祈りの中で……。
「主はきて立ち、前のように、『サムエルよ、サムエル よ』と呼ばれたので、サムエルは言った、『しもべは 聞きます。お話しください』。」(Ⅰサムエル3・10)

 

   人生を支える柱(6月9日)

 明治維新以前の五重塔が22基現存しています。古くは飛鳥時代に建立されましたが、五重塔は高層建築にもかかわらず、これまで、焼失以外どれ一つとして倒壊していません。そして、皆様がご存じのように、この工法を現代に生かしたのが東京スカイツリー(634m)です。
その秘密はどこにあるのでしょうか。それは、中心に一本「心柱」が据えられているからです。土台は固定されておらず、揺れに対して素直にたわむことのできる柱です。これが、五重塔の秘密で、地震の揺れに強いのです。
翻って、あなたの人生を支えている柱は何ですか。イスラエルの人たちは、昼は雲の柱、夜は火の柱を導き手、支えとしていたと記されています。夜に雲では見えず、昼に火では十分に役に立ちません。その状況に最もふさわしい柱を、神様はあなたに備えてくださいます。それを見いだし、育て、確立し、生活の中で着実に用いなさることです。
ある人は祈りであり、み言葉であり、聖日厳守であり、捧げること等々、最初は小さくても弱くても、じっくりと育てていき、あなたの心柱を明解にし、さらにしなやかな強さを培ってまいりましょう。

  語りかける父(6月16日)

 アメリカ・ワシントン州のソナラ・ドット夫人は、教会で母の日の説教を聞いていた時、「父の日もあるべき」
と示されました。彼女は、母の亡き後、5人の兄と自分を男手一つで育ててくれた父親をとても敬愛していたからです。ソナラさんは、牧師に頼み、1909年6月、父親を覚え、感謝する礼拝をしてもらいました。これが父の日の始まりです。
イエス・キリストは、「天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。」(マタイ6・9)と祈り始められ、主の祈りを教えられました。
1.「天にいます」とは、宇宙も含めて、この世界のどこにでも神はおられるということです。
2.「われらの」とは、信仰は個人的であっても、神はすべての人の神であることを示しています。
3.「父よ」とは、「お父さん」と訳すことができます。絶対的な神に対し、親しみの言葉で語りかけることができることを示しています。神との親しい関係の  ゆえに、安心して神に近づくことができることを示されました。
まことのお父様(神)をあがめる(礼拝する)ことにより、地上のお父さんに心から感謝することができるのです。今週も、身近な人に感謝し、神の最善に導かれてまいりましょう。

  身をかがめる(6月23日)

 約30年前、ベトナムの約三分の二の子どもが低栄養で苦しんでいました。「低栄養の原因は貧困」との現実に対応するためにベトナムに遣わされた宣教師たちは、膨大な資金とエネルギーを必要とする貧困対策に力を注いだのではなく、「神様は現状に答えを備えている」と確信を持ち、短期間で最善策を見つけました。彼らが現状から見つけた原因の一つは、子どもたちが手を洗わないで手づかみで物を食べるため、雑菌で下痢を起こし、栄養が吸収されないことでした。手洗いを励行したことで、多大な良き結果を得たのです。
私たちは、足下にある宝を見失いがちです。安易な考えやみんながしている方法ではなく、様々な宿題や出来事のただ中で、「神様、今ここにある宝を見いだし、それを拾い上げ、最もふさわしい対処ができることを信じます」と祈ることです。そして、足下の宝を拾い上げるために、ただ唯一必要なことは、身をかがめることです。それが、無尽蔵の祝福、それを自分のものにするための条件です。それは不思議な世界です。
あなたと共におられ、大丈夫と言ってくださる救い主イエス・キリストは、あなたの前に身をかがめ、あなたの失望、悲しみ、汚れ一切を洗い流してくださいます。そのイエス様があなたのただ中におられるのです。

  一番大切な問い(6月30日)

 内田先生は関西で有名な大学の教授をしておられます。
その大学に、国立大学医学部で心臓専門教授をしておられた方が来られ、教鞭を執ることになりました。「なぜ文系の私たちの大学に来られたのですか」と質問しますと、率直に次のように答えられました。「医学部の教育に失望したからです。長い間教えてきましたが、ある日、教える意欲がなくなりました。医学部の学生たちは一生懸命勉強するんです。でも、私にする質問はいつも同じで『これは試験に出ますか』だけです。これは、学生に問題があるのではなく、私の指導者としての根本的な責任の問題なのです。」
あなたは、この医学部教授の答えをどのように感じますか。学びや仕事などを越えて「人生で最も大切なものは何か」という問いへの答えを教会は担っています。それを伝える使命を、今週も明確にしてまいりましょう。
そのためには、まず、あなたご自身がすべての関係にまさって神様との関係が一番であることを確認し、確信し、神様との交わりの中で恵みを味わうことです。
神様との関係を日々強固にし、出会う人々に、あなたの言葉で、さり気ない振る舞いで、人生の目的である福音をお伝えしましょう。

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