2021年1月の霊想

人生を変える習慣(1月3日)

哲学者アランが『幸福論』の中で「幸福だから笑うのではなく、笑うから幸福なのだ」と言っています。

思い煩いを振り切り、一歩前進するきっかけの一つは、まず行動に移すことです。「好きか嫌いか」「損か得か」など、いろいろ考えますが、「できるかできないか」と考えるのではなく、「するしかない」と一歩踏み出してみることです。

逆に、充分な思考を重ねて決断することも大切です。ただし、単に「考える」ということで時を埋めるのではなく、結果を得るためには、考えたならそれを実践することです。あなたの行動が結果を生み出します。

これらは習慣です。人は、楽な方に流されやすいことを覚え、行動する習慣を身につけたいものです。もちろん、中には「よく考えずにすぐ動いてしまう」という、忍耐深く考えることを訓練する必要がある方もおられるでしょう。

このことについて相談を受けた時には、あなたに尋ねてきた人の心の位置、方向を知ってアドバイスなさることが肝要です。

「完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、 聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。」(ヤコブ1:25)

人生の目的はただ一つ(1月10日)

2011年3月11日、防災無線の叫び声が大勢の命を救いました。

「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」。3月11日午後2時46分、遠藤未希さん(当時24歳)は、宮城県南三陸町の防災対策センター庁2階にある放送室に駆け込み、力いっぱい叫び続けました。やがて、遠藤さんのいる庁舎をも津波が襲いましたが、怯むことなく、「一人の犠牲者も出さない」との強い使命感に立ち、最後まで叫び続けました。

津波の後、その庁舎の屋上にいた人は助かりましたが、遠藤さんの姿はそこにはありませんでした。

日々の生活、人生において、あなたの使命は何でしょうか。あなたならではの使命がおありでしょう。遠藤さんが直面したような状況の時にも、私たちが、永遠の命、本物の安らぎに満たされる源泉は、私たちの罪のために死に、三日目によみがえられたイエス・キリストに生きることです。

人生の目的はただ一つ。本物(キリスト)に出会い、喜びも苦しみも、キリストにあって「なるほど」と意味を見いだし、「この方こそ救い主である」と強い確信を握りしめつつ毎日を生き、天に凱旋することです。

実体ある祈りの実(1月17日)

小学5年生の三浦大翔兄のお証しを、皆さんが感動を持って伺ったのはついこの間だったはずなのに、昨年末、東京基督教大学で学んでおられる彼が、子どもたちにクリスマス特別メッセージをしてくださいました。一同が新鮮な、忘れることのできないメッセージを心に刻むことができました。

彼は、小学生の時からご両親に連れられて興譲教会の礼拝に参加していました。そこで語られる牧師先生方のメッセージは十分理解することができずとも、内に秘められた命に触れ、躍動する感動に、自分も牧師になろうと心に決め、神様の招きに応えてきました。

興譲教会に与えられている恵みの一つは、個人的に豊かな情感で福音をとらえ、日々の歩みのただ中にみ言葉が染み入り、それが実体となっていることです。そのような中で育てられた彼をはじめ、ある人は介護施設を、ある人は養護施設を立ち上げる等々、日本に、そして、世界に向けて実を結んでいることは何と素晴らしいことでしょう。皆様の実体ある祈りが、このように具体的な実を結んでいます。

今年は、その恵みの実を刈り取る年です。あなたをすでに刈り取られた主が、あなたを豊かに用いられる一年でありますように。

今、日本に必要なこと(1月24日)

私たちは経験から多くを学びます。さらに、賢い人は歴史から学ぶ、と言われます。

日本の歴史を振り返ると、明治維新後は「富国強兵」と強い日本を目指しました。第二次世界大戦後は経済的に豊かな日本を目指し、高度成長によって大きな変化を遂げました。

幸せは豊かさの中に、と浸りつつも、今「豊かさが感じられない」と人々は言います。なぜなら、物質的に豊かであればあるほど、感謝の思いがそぎ落とされ、豊かさが心の貧しさを作り出すからです。それは「もっともっと」という生き方です。

今、日本に必要なのは「どんな時も大丈夫」の生き方です。強くても弱くても、豊かであってもなくても、どんな状況にあっても平安を生きる。このことを人々は求めています。

いつも平安を生きるためには、移り変わり行く価値観に生きるのではなく、どんな状況にあっても、すべてを最善にしてくださる主と共に歩むことです。み言葉は、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」(ローマ8:28)と、あなたに語ります。この神と共に生き、この方をどなたかに紹介する一週間を歩みましょう。

米沢で暮らしていきたい理由(1月31日)

去年10月に初めて大阪から米沢に来て、たくさんの方方にお時間を作っていただき、自分の思いを聞いてもらうことができました。短い時間で体験した安心感や、包まれるような空気感、すべてがうまくいくと思える心地よさは、これから興譲教会の近くで暮らし、勉強していきたいと思うに至る十分な体験でした。

自分が描く理想の障害者グループホームは興譲教会そのもののように思います。あの場にいた方々に優劣はありませんでした。お互いを尊重し合い、助け合いながら暮らしているように感じました。このコミュニティーを構築しているものが何なのか、大阪への帰り道、母に聞きました。母は「愛と神」と言います。僕にはまだ、その答えが呑み込めずにいます。しかし、米沢で暮らしていく中で自分なりの答えが出るように思います。その問いの答えが、自分の夢の実現にはとても重要なことです。

自分は寒いのが大嫌いで、つらいことがあるとすぐに逃げたり、他人の顔色ばかり気にして自分の思いが言えなかったり、とても自己中心的で自分のことばかり考えていたりする弱い人間です。皆さんにはご迷惑をおかけすると思います。しかし、人の顔色を気にせず、図々しく人に迷惑をかけることが自分の課題でもあるので、申し訳ありませんが、迷惑をかけさせていただきます。こんな僕ですがよろしくお願いいたします。 (T・K)

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