M先生は介護施設の管理者、また入居者への医療に携わる医師としての働きを何十年と続け、定年を迎えられました。介護医療の鉄人のようなその働きの秘密は、鬱(うつ)と大怪我という経験を通してキリストに導かれたことだと先生は明かして下さいました。
妙に気分が塞ぎこんだ日曜の朝、ふと教会に行ってみようと思い、そこで人間の愛とは質の異なる神の愛を知り、その愛で愛されるとはこういうことかと体験されたのです。
また、大腿骨骨折という大怪我をし、2 ヶ月間はベッドで寝たきりの入院生活を送られました。しかし、このつらい体験が医師としての生活に測り知れない財産となったとおっしゃいます。患者さんの気持ちがわかるようになり、心からのケアができるようになったからです。M先生は人としての限界を知り、洗礼へと導かれました。
自分の技量を磨き上げての医療分野でも、きっと一廉(ひとかど)の実績を挙げられたことでしょうが、M先生は命のパンであるキリストを求め、神の愛に根ざしたケアをなさいました。それが施設の入居者とその家族にとって、どんなにありがたかったことかは想像に難くありません。命のパンがあるところに飢え渇きはないのです。
命のパンであるキリストを求め、キリストに信頼して生きる。今日をそのスタートの一日として参りましょう。