知識のはじめ(8月2日)

昔の日本では、お葬式は寺や自宅で行うのが一般的でした。そのような時代、キリスト教式の葬儀をスムーズに進めるためには、親族の中で誰が最も影響力を持つ「キーパーソン」かを見極めることが不可欠でした。その人物こそが、集まった人たちを動かす力を持っているからです。

では、私たちにとってのキーパーソンとは誰でしょうか? それは主なる神です。旧約聖書の知恵の言葉、箴言の冒頭には、「主を恐れることは知識のはじめである」(箴言 1:7)と記されています。ただしこれは「いつバチが当たるか... 」とビクビクしながら生きることではなく、主である神に対して畏敬の念を抱き、一歩も二歩も下がって謙虚な気持ちで接するということです。

それはちょうど、スポーツで審判に目をとめることと同じです。試合中、全体を支配し、決定権を持っているのは、監督でも観衆でもなく、審判です。審判は、観衆のその場限りのヤジで動かされることはありません。したがって、真に力を持つ者が誰かを見極めてプレーする選手こそが、賢い選手と言えます。

主を恐れることは知識のはじめです。私たちの人生にも真の審判者がおられることに気づき、その御方に目を留め、知恵にあふれる人生を送ってまいりましょう。

-

© 2026 Yonezawa Kojo Church