絶対にすべらない自己紹介のやり方に、自分の名前に意味付けをする、という方法があります。たとえば田中信生師はこれを使って、「米どころ山形県で牧師をしております。田んぼの中で神を信じて生きる男、田中信生です」となさいました。
アモスは、「わたしはいちじく桑の木を作る者である」(アモス 7:14)と自分は農夫であると言っています。しかし神は彼を預言者として選び、「行って、わが民イスラエルに預言せよ」(アモス 7:15)と命じました。アモスは祭司アマジヤから預言するなと迫られても、臆せず主から託された言葉を語りました。それは彼の「召し」がはっきりしていたからです。アモスはその後、アマジヤからユダに帰るように命ぜられ、彼の預言が真実かどうかわからない年月が続きます。しかし約 30 年後、アッスリヤの侵入によって北イスラエル王国は滅び、彼の言葉が神からの預言だったことが明らかになりました。
このどっちつかずの年月を辛抱強く生きることが信仰生活の一面でもあります。支えとなるのは神との出会いの体験、つまり、アモスにとっての神からの選びの体験です。「あれも、これも、神様は用意していて下さり、私が神を信じられるように導いてくださったのだ」というあなたの原点を大切にしていきましょう。それがこれからの人生の歩みを支え、強めてくれます。
