2000年2月の霊想

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  主にあって決断する人   (2月6日)

 飢えたロバがいました。幸運なことに、ロバはおいしそうな干し草の山を見つけました。不幸なことに、このロバは、二つの干し草の山を同時に見つけました。二つとも同じ大きさで、どちらもおいしそうです。ロバは、どちらの干し草を食べればよいか迷ってしまいました。「右の方がおいしそうだ」と思うと、とたんに左の方がおいしく見えてくるのです。ロバは迷いに迷い、立ち止まっては左に、次は右へとしているうちに時が経っていきました。ついに日がとっぷり暮れた頃、ロバは二つの干し草のちょうど真ん中で飢え死にしたという話です。
 この愚かなロバは、私たち人間と重なります。一つを得るためには、どうしても他の一つを捨てなければなりません。しかし、欲深で捨てることができないのです。たとえ、どちらか一方に決めても、そこにはそれなりの試練がつきまとい、それを乗り越えていかなければなりません。日常生活の中でも、このようなことに出会うものです。聖書は、「ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。・・・二心の者であって、そのすべての行動に安定がない」(ヤコブ1・6、8)と言います。
 しかし、祈って、主にあって決断する人は、疑わず前進することができます。今週もよく考え、決断に無駄することなく、よき実践をもって進んでまいりましょう。

  お金で買えないもの   (2月13日)

 世の中にはお金で買えないものが多くあるようです。
 詩人、アルネガー・ボルフは次のように詠いました。
  食べ物はお金で買えるが食欲は買えない
  薬はお金で手に入るが健康は買えない
  信頼はお金で買えるが睡眠は買えない
  化粧品はお金で買えるが美しさは買えない
  別荘はお金で買えるが心地よさは買えない
  快楽はお金で買えるが喜びは買えない
  友だちはお金で得られても友情は得られない
  使用人はお金で得られても誠実さは得られない
  静かな日々はお金で買うことができても
  安らぎは買えない
 神は霊なるお方です。霊とは目に見えないいのちであり、神と交わることのできる唯一の部分です。
 パスカルは「私の心には、神以外に満たすことのできない真空がある」と言いました。神は、人を土のちりでかたちづくり、その鼻にご自身の霊を吹き入れ、人を真に生きたものとされました。すなわち、人は自らの霊が生きてこそ本来の自分であり、あるがままを生きることができるのです。人の心を満たし、生かすのは、お金では買えない神の霊なのです。
 「わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください」
                 (詩篇51・10)   (F)

  いやしの勘どころ   (2月20日)

 「この心の怨念をぶつけたら、私はいやされる」「この苦しみを誰かに負ってもらったら、私はいやされる」このように、痛みを出し尽くしたらいやされる、と思いがちです。しかし、それはいやしの半分と言えます。
 いやしは、実に、み言葉に触れ始めた時から始まっているのです。み言葉に触れ続けるうちに、ごく自然に、ちょうど、かさぶたが落ちるようにして、心の怨念や苦しみが出され、痛みがいやされてゆくのです。
 ポイントは、吐き出すことに力点を置くのではなく、常に、愛のぬくもりいっぱいの神の言葉に触れ続けてゆく、そのことに力点を置くことです。この勘どころを知らないと、いやされたら、キリストは必要なくなり、教会に来る必要もなくなってしまいます。すなわち、精神的にはいやされても、肝心な霊的ないやしは、中途となります。霊的健康は、良き、前向きなみ言葉を食べ続けることによって培われます。少しも変化を感じられないように思えても、とにかく、意識して続けると、やがてあなたの心にあった否定の固まりが、一気に音を立てて壊れ去ります。そして、主にある喜びが、尽きない泉のようにあふれ出るのを経験されることでしょう。心の底から生きるエネルギーがこみ上げて、主を喜ぶ日々が約束されているのです。(W)

  わたしは道である  (2月27日)

 道には、次の三つの概念があります。
 一つは「極める」ということです。たとえば、スポーツの世界では柔道や剣道と言い、習い事では茶道、華道と言います。道は一朝一夕にしては決してできません。どのような状況も、コツコツと希望をもって進む時に、時間をかけて道はつくられ、極める世界が生まれます。
 第二は、掟があると言うことです。「道を外れる」と言いますが、車であれば事故になります。人生を歩む中で最も大切なことは、与えられた、この状況のこの時、この私を感謝して生きることです。「すべての事について、感謝しなさい。」(1テサロニケ5・18)、このことこそ、人生の大切な拠り所です。
 第三に、道は繁栄につながります。一度、そこに道ができれば、人が、情報が流れ込みます。
 「すべての道はローマに通じる」ということわざがありますが、極めることにおいても、その掟においても、繁栄においても、すべての道の要であるイエス・キリストをいつも深く思うことです。「イエス様ならこの時どう考え、どう決心しただろうか」と折々に考え、祈り、知恵と力を与えられ、あなたの道(人生)を確かなものにしてまいりましょう。
 「わたしは道であり、真理であり、命である。」
                   (ヨハネ14・6)

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