2001年5月の霊想

 

  点心 (5月6日)

中国料理に「点心」があります。これは、おやつ、軽食のことをさします。この言葉は「点開心胸」から生まれ、もともとは「少しのおやつが心身に休みを与える」という意味の言葉です。
あなたの日毎の生活の点心はいかがですか。あなたの身も心も休めるエネルギー源は……。
お一人びとりの自分流がおありのことでしょう。ある人は休息をとり、ある人は賛美をし、ある人はみ言葉に親しみ、ある人は散歩をしながら祈る……様々な方法があります。人まねではなく自分流を見いだし、折に触れて、点心を生活の中に織り込みながら、豊かな人生を歩みたいものです。
現状にいつも不足を感じている人は、あれもこれも自分のものにしようとします。しかし、真に心が豊かな人は、わずかなものをも大切にし、本当の意味の豊かさを身につけていくものです。
このような生き方は、一朝一夕にしてできるのではありません。たゆまずに、わずかな時をも大切にしようとする心がけが、そのような生き方をもたらします。

「そこで、あなたがたの歩きかたによく注意して、  賢くない者のようにではなく、
賢い者のように歩き、今の
時を生かして用いなさい」
(エペソ5・15~16)

  み言葉を味わう  (5月13日)

煎茶は三煎すると言います。湯加減して一煎目で甘みが出、二煎目で苦味が出ます。この苦味の中に甘みがあります。苦いタンニンの中からカテキンという甘みが抽出されるからです。三煎でカフェインの渋みが出、これを味わうのが煎茶の作法です。これを無視すると、文字通り無茶苦茶になります。
あなたのみ言葉の学び、み言葉の味わいはいかがですか。
最初に苦味を味わい、にもかかわらず。良薬は口に苦しで、それをかみしめ、生活の中で実践していると、やがて甘みに変わる人もおられることでしょう。また、励ましと慰めになるみ言葉も、最初は甘くても、そのみ言葉を貫き通す時に、やがて渋味となることもあるでしょう。
「無学とは、字が読めない、ということではなく、読まないことだ」と、ある人が言いました。読まない無学とならないために、み言葉に親しみ、今週も、生活の要所要所でその確かさを味わっていきたいものです。

あなたのみ言葉は
いかにわがあごに甘いことでしょう。
蜜にまさってわが口に甘いのです。
( 詩 篇一一九・一〇三 )

古くて新らしい勘どころ (5月20日)

昔は十年要したことが一ヶ月となり、一ヶ月要していたことも一日で済むようになりました。また、一日要していた事も一時間で用が足り、一時間待った出来事も、携帯電話のように瞬間的につながる時代になりました。
速さに慣れ、何事も「今すぐ」と願います。しかし、どんなに便利になっても、コツコツと築き上げることによってのみ得ることができるものも多くあります。
心からの友だちがほしいと願う時、出会いは、まず新友で始まります。時間を積み重ねて親友となり、風雪に耐え抜いて、その中から数少ない真友が生まれます。さらに時が経つと、信友と呼びたい間柄になり、最後に心友が残るのです。一人の心友を得るには大変な努力と時間が必要です。また、自らが切磋琢磨し整えなければ、生涯かけて一人の心友もできないことになります。「この人は私のしんゆうです」と紹介することがあります。しかし、それは単なる知人であったりします。
新、親、真、信、心、いずれも「シン」ですが、このような階段を一歩一歩登ることであり、この世界には、エレベーターやエスカレーターは存在しないようです。
コツコツ、かつ、コツコツが秘訣であり、古いようで新しいこの勘どころを、今週もしっかり見据えながら歩んでまいりましょう。

  あとでわかる (5月27日)

「わたしのしていることは
今あなたにはわからないが、
あとでわかるようになるだろう」
(ヨハネ13・7)

何事もスピーディーな時代となりました。時に、「なぜ、そんなに急がなければならないのか」と思うほど、目まぐるしさに、ただ驚くばかりです。
このような状況に慣れてくると、今すぐ結果を求め、答えがほしくなります。特に、私たち現代人は、待つことが不得手になってきています。エレベーターに乗っても、数秒で閉まるのに、わざわざ「閉」ボタンを押したくなるものです。
「すべてのものを、今、手にしなければ」という思いは、尽きない欲望をかき立てるだけではなく、ストレスを生み、精神的に肉体的にも害のみ残します。
置かれているこの状況のこの時、この私を味わい、楽しむことを忘れないでいきたいものです。
聖書は、今すぐ答えがわからなくても、神様の確かなご計画の中にあって、やがてわかる時が来る、と約束しています。わからないような状況にあっても、与えられた一瞬一瞬、今、この時を、希望と信仰に生きることこそ、確かな生き方であると告げています。
今週も、「今」をしっかり味わってまいりましょう。

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