2001年8月の霊想

  決して忘れてならないこと  (8月5日)

ご年輩でもいらっしゃるのに、Aさんは、「忘れ物をしたことがない」とおっしゃいます。
そのコツは、ドアの内側に必ずチェックリストを貼っておき、いつも前の晩に準備することだそうです。どこに出かけて行っても、荷物はあちこちに置かず必ず一カ所にまとめておき、電車に乗っても決して荷物を網棚に載せず、上着などは手に抱えます。さらに、タクシーに乗ったら、荷物は必ず自分が降りる側に置いておくのです。これらのことが今では習慣となっているのです。
Aさんの習慣の一つ一つを聞いてみると、なるほど、と思います。そして、今までの長い人生で、忘れ物をした記憶がない、とおっしゃる理由がよくわかりました。
翻って、私たちが、毎日の歩みの中で決して忘れてならないこと、それは何でしょうか。
1 エネルギー源であるみ言葉に親しむために、日々、聖書を読むこと。
2 自分のため、また、他人のために時間をかけて祈りの時を持つこと。
さて、あなたは、これらを忘れることなく為していくために、どのような工夫を心してなさっていらっしゃいますか。あなた流の人生の工夫は、あなたの明日を左右するのです。

  キリスト者の確かさ  (8月12日)

もし「あなたはなぜ、教会に行くのですか」と聞かれたら、何とお答えになるでしょうか。あなたはご自身の意志でこの教会に集われ、中には、すでに教会員になられた方もおられるでしょう。
しかし、実は、私たちの決断と意志で集ったのではありません。教会は神の民の集いであり、その起源は聖書の原語・ギリシャ語に見ることができます。原語で教会を「エクレシア」と言います。それは「呼び集められた者」という意味です。
教会に来るきっかけ、理由は様々でしょう。しかし、それらの一切の事柄ではなく、神様が一方的にあなたを選び、この集いに参加させてくださっているということをしっかり覚えることです。
自分の感情、すなわち、好き嫌いや損得が自分の人生や行動の規範であると、その都度、大きく揺れ、糸の切れた凧のような人生になります。しかし、私がここにいるのは、神様に呼び集められたからであり、今この教会に参加し、イエス様を信じ、クリスチャンとなったのだという規定をしっかり覚えることです。
この地上のいっさいにかかわらず、召してくださった神様は責任を持ち、どのような状況の中にあっても、最善のみをなさってくださるのです。ここにキリスト者の確かさがあります。

  悲しみのさいわい  (8月19日)

悲しんでいる人たちは、さいわいである、
彼らは慰められるであろう。 (マタイ5・4)

Aさんはクリスチャンになられ、それを知った友人が「クリスチャンになって悩むことはなくなりましたか」と尋ねました。Aさんは、「悩むことは同じようにあります。しかし、内容は全く異なります」と答えました。
クリスチャンになる前の悩みは、なぜ自分を理解してくれないのか、なぜ自分はこのように損をするのか、という自分自身に対する悩みを抱き、悩めば悩むほど、それはどこまで行っても迷路に入るばかりであったと言います。
しかし、クリスチャンになられてからは、どうしたら他者のことを慮り、愛の人になれるか、と悩まれます。
祈りつつ、聖書に親しんでいくと、その悩みに光が当てられ、具体的な知恵も与えられ、大きな慰めを得る、とおっしゃいました。
あなたの悩みはどのような悩みですか。
人生は悩みや苦しみに満ちています。しかし、祈りの中で自分自身が潤され、強められる中、他者へ心を向けて、実り豊かな悩み悲しみを味わいつつ、この一週間も歩んでいきたいものです。

  生きる目的  (8月26日)

今日の若者にとって最大の問題は、何のために生きているのか、真の生きる目的を見失っていることです。その解決のキーワードは、日本語の「喜び」と「楽しみ」にあるようです。
「喜びと楽しみの違いは」と尋ねられたら、あなたは何と答えられますか。辞書を引いても、共々重なり合うようで、明解な区別が困難のようにも思われます。
しかし、「あなたのためには、喜んで何でもする」と言いますが「あなたのためには、楽しんで何でもする」とは言いません。
楽しみは自分自身に向かうものであり、喜びは他者に向かうことがよくわかります。つまり、喜びは、楽しみを犠牲にして成り立つ愛の行為から生まれるからです。
聖書は、
「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい。主は近い」(ピリピ4・4~5)
と勧め、真の生きる意義は、楽しみではなく喜びを求めるところにある、と伝えています。
今週も、他者のため、また、神の栄光のためにチャレンジなさってください。そこに、言い知れない、生かされていることの真の味わいを体験なさいます。

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