2003年02月の霊想

   

  中高年齢層こそ、信仰の最短距離にいる人々 (2月2日)

 「中高年、危機の時代」と言われます。時代と人生という二つの転換期を同時に迎えているからです。かつて経済的繁栄を支えた彼らの価値観が、今大きく揺らぎ、心の危機に直面しているのです。自分の追い求めてきたものは一体何か、これまでの人生は何だったのか、今どこにいてどこに進むべきか、という問いを抱えて生きているのです。毎年、交通事故で亡くなる方の三倍以上の人が自ら命を絶ち、その中でも中高年の男性が七割を占めます。生きてきた年数の経験とプライドが一気に崩される時、もろさを露呈するのもこの中高年と言えます。
 あなた自身が中高年かもしれませんし、中高年の方と共に生活していらっしゃる方もおられるでしょう。中高年への答えはただ一つ、このような危機こそチャンスであるということです。「危機」は、「危険」であると同時に「機会、チャンス」に恵まれていることを示しています。すなわち、神と出会う機会に他なりません。
 教会員のAさんは、忠実で働き者のお父さんの会社が倒産する、という出来事に遭遇しました。しかし、倒産を通して、信仰に全く関心を持たなかったお父さんがAさんの信仰に触れ、霊の目が開かれたのです。
 中高年は神様と出会う最短距離にいる人々です。

  自信を持って生きる (2月9日)

  暖冬の予報に反して雪降りが続きます。雪の中でも、定例集会に心勇んで出席なさるお一人びとりの笑顔はなんと美しいことでしょう。
  外国からの方も多く集会に見えておられます。ご主人が米沢の会社に勤務なさるAさんは、結婚なさって数年の、まばゆいばかりの若奥様です。彼女が、男性が履く黒いゴム長靴を履いておられたので、ご存じないのかと思い、そのことを教えて差し上げました。聞いた彼女はにっこり笑って「これは主人が私にプレゼントしてくれた長靴なの」と、それはそれは、恥ずかしさなど微塵もなく、むしろ誇りとして言われました。状況に合わないと教えて差し上げたつもりが、圧倒されてしまったそうです。「誰が何と言おうと、これは愛する主人が買ってくれた物。私にとっては宝物以外の何物でもない」という一元のスピリットが、熱いエネルギーとなって流れ出て、相手の方の心をあたため、潤したのです。
  人々があなたに「試練や困難で大変でしょう」と言う時に、「これは神様がくださったもの」とにっこり笑って応える、そんな、相手の気持ちを引き上げてなお、おつりがくる生き方をなさっておられることでしょう。
  人が一元のエネルギーを求めてさまよう時代、あなたの生き方こそ、世のともし火、いのちの泉なのです。

 

  大転換 (2月16日)

 求道中のAさんが、次のように語られました。
 「今までは、人の苦しみを見て喜んでいる自分を不自然だとは、少しも思わなかった。また同様に、他人が自分の不十分さを見て喜んでいるだろう、と考えていた。しかし、それがおかしいとわかり、なぜそのようにとらえていたのかと考えた。それは、自分に自信がなく、人が自分よりも劣っているという比較の世界で自分の位置を見いだしていたことに気づいた。そこで、このような消極的わり算人生に別れを告げたいと思い、教会に来て目からうろこが落ちた。自分の存在は、できてもできなくても、そこにいるだけですばらしい。なぜなら、私は神に似せて造られた神の作品だから」。

   わたしたちは神の作品であって、良い行いをするよう
   に、キリスト・イエスにあって造られたのである。
                           (エペソ2・10)

 Aさんがこのみ言葉を聞いた時、雷に打たれたようなショックで、人生の拠り所、進むべき方向が全く変わったとおっしゃいました。良き仕事をし、社会的に成功者と言われる方ですが、あまりの驚きと喜びに、一度の人生、福音に命を捧げたいと燃えていらっしゃいます。
 あなたを支え、感動を与えるみ言葉は何ですか。それを味わい、潤され、人々にそのぬくもり、喜びを伝えてまいりましょう。

  いのちあふれる言葉 (2月23日)

 Aさんは、46歳の時、体力の衰えを感じつつも、もう一度、心身共に若返りたいと、バイクでアメリカを旅しました。
 アメリカで出会った、同じように旅する者たちのほとんどは、皆、自分の息子のような年代でした。自分の年を思う時に気持ちが退いていきそうでした。
 そのような時、グランドキャニオンで自分よりもずっと年上の人に出会いました。とても慰められ励まされると同時に、その若々しさに驚きました。その人に年齢を聞くと、「90才」とさわやかに答えられたのには、驚きを通り過ぎ、感動を覚えたそうです。そこで、「少年のようですね」と声をかけると、「いやあ、少年になるまでに90年もかかってしまった」とサラリと答えられた時には、言葉を失ったと言います。アメリカで多くの景色を見、多くのことを経験したけれど、唯一、この紳士のひと言は何年経っても忘れることができない、と語られます。
 ほんの数秒でも、その人を変えてしまうような、確かな命あふれる言葉―それは、み言葉に生き、神と共に歩む時、あなたの内からあふれ出ます。今週も、さりげない出会いの中で、人々の心にいのちのぬくもりを伝えたいものです。

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