2004年02月の霊想

  その心に思うごとく (2月1日)

 人は誰でも社長であり経営者です。「自分株式会社」 をいかに経営し、成功させるには、二つの要因が必要です。すなわち、考えの習慣と行動の習慣です。この二つ を点検することです。
 考えの習慣とは、それぞれが心の中に持っている、その人独自の「型」のようなものです。四角の型を持っている人は、どのような時も四角型の答えを出します。丸い型を持っている人は丸型の答えを出します。これはその人の心構えです。
 習慣は、くり返し、反復しながら自分のものになります。古い否定的な考え方の習慣から新しい肯定的な思考習慣へとチャレンジし、続けていくと、やがてそれが行動の習慣になります。
 そこで肝心なことは、習慣化するまでくり返すことのできる力です。
 くり返しを永続させるコツは、「今日一日がすべて」 と、三日坊主ならぬ「一日坊主」をくり返すことです。 日々、思考と行動の良き習慣を身につけていきたいもの です。

   「そは、その心に思うごとく、その人となりもまたしかればなり」
                           (箴言23・7 文語訳)

  おもてなしの心 (2月8日)

 最近は、型通りの決まり切った手順を、前もって教えておかないと行動できない『マニュアル世代』が多いと言われています。本来、マニュアルとは、どこでだれが取り扱っても、最低限の基準を守って品質管理を一定にする目的で作られています。いわゆる、「これだけは譲れない」という目安です。 しかし、人は多くの場合、それ以上のものを期待しているものです。そこで、求められているのは、『おもてなしの心』です。
 一日中雨の中でずぶ濡れになり、観光も十分にできないまま、早めにホテルに着いたお客様が来られました。「いらっしゃいませ。チェックインは三時ですので、それまでロビーでお待ちください」。これが、型通りの、決まり切った手順のマニュアルです。しかしフロントの青年は、雨に濡れた人を見て、少しでも早くお部屋に入っていただくことを心がけ、お部屋にお通ししました。 言うまでもなく、旅で一番心に残ったのは、この青年のマニュアルを越えたおもてなしでした。
 今週も、神の愛に裏打ちされたおもてなしの心で接してまいりましょう。

    「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそ
    のとおりにせよ」
                         (マタイ7・12) (T・A記)

  謙虚に生きる (2月15日)

 ハワイ在住のディビス・みち子さんから、あたたかいお便りをいただきました。その中に、この度、当教会員を招いてくださった時のエピソードが記されています。
 当教会員のAさんが、「あら、アメリカにもセブンイレブンがある」と驚かれたので、「セブンイレブンは日本から来たのではなく、元々アメリカのもので、日本に行ったのですよ。デニーズもですよ」と答えると、「シェイキーズは?」「シェイキーズもですよ」と、みんなで大笑い…。しばらく笑いが止まりませんでした、との一行がありました。
 私たちは、つい、自分中心に物事を考えがちです。何か、少し自分ができると、相手が見えなくなったり、傲慢になりがちです。
 人生の真理は、私たちが選んだのではなく神様が選んでくださった、生きているのではなく生かされていることを、しっかり心にとめていきたいものです。
 著名な医師である早川一光先生は、生涯をかけてお年寄りを診ておられますが、先生の著書に「元気で長生きする人は、決して、自己中心でない」とありました。
 日々の歩みも、また、将来も豊かに生きるために、いつも神を恐れつつ、謙虚に歩んでまいりましょう。

  真の喜びとは(2月22日)

 現代社会は、大小様々なつらいことや苦しみを排除するように設定されています。現代は、少しでも苦がないように、そして、楽しさを求め、心地よさを得るために血まなこになっています。確かに、困難のない社会は人類の理想のように思います。しかし、心地よさに満ちあふれた社会の中で、かえって、人々は真の生きる喜びを見失い、真理から果てしなく遠ざかってしまいます。
 痛みのない楽な人生とは、家畜のような生き方です。
家畜は人工の環境の下に置かれ、食事は自動的に供給され、繁殖は管理され、死をも操作されます。人間が家畜のように科学的に管理され、人間の価値観や考えで値段が付けられ、株価のように、日々、一喜一憂するのが日常です。現代社会は、自分のしたいように生きる、つまり、欲望のままに生きているからです。私たちの生まれつきの性質は快を求め、いったん快を得ると、さらに欲望を増幅させ、快を得るためにはまわりを犠牲にすることもいとわないという習性を身につけてしまいます。
 しかし、真の喜びは、欲望を果てしなく満たすことではなく、神の作品としてのありのままを生きるところに生まれます。 "あなたならでは" を生きることに目標を定め、逆行する多くの出来事にチャレンジしつつ、神の作品として本来の人間を生き、試練の嵐を耐え抜き、突き抜けた時が、人間の真の喜びです。

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