2005年10月の霊想

  今あなたの考えていること  (10月2日)

 「裕福であるとは豊かさを意識することであり、貧乏であるとは貧乏・欠乏を意識することである」。うがった表現です。つまり、私たちが何を心の中で思い描いているかが鍵であり、描いているものがあなた自身のものになるということです。
 車を運転しながら「あの木にぶつからないように、ぶつからないように」とその木を意識してしまうと、その木が磁石のように感じ、かえってその木に近づいていくということがあります。
 心も同じです。ですから、心の中に否定的なもの、たとえば、「こうはなるまい」という思いではなく、「こうありたい」という肯定的な思いをしっかりと描き、それを言葉にし、紙に書いて張り出すことです。
 何よりも、心の磁場にみ言葉を据えること、日々のディボーションを通して、心に神様のみこころを貯えることに尽きます。そして、事あるごとにみ言葉を意識し、み言葉に照らし合わせて考え、物事や状況を見ていく時に、あなたの人生の出来事一つ一つが宝に変えられ、輝いていくことでしょう。
 今週も、み言葉に親しみ、み言葉を貯え、み言葉を土台として歩みたいものです。その時に、霊的裕福はあなたのものになるからです。

  豊かに生きるコツ  (10月9日)

 豊かに生きるコツは、「あれもない、これもない」と不足を嘆くのではなく、今、この状況にある恵み、すなわち、どんなに小さくても自分の身の回りにある感謝を見つけ、数えあげていくことです。
 そして、その恵みを紙に書き出します。すると、やがて次々と書くことが出てきて、書いている間に勇気が湧いてくるから不思議です。
 さらに、書き出した恵みをつなぎ合わせてみると、ちょうど柱を組み合わせて家が建つように、一つ一つは小さくても、それらの事柄がつなぎ合わされ、組み合わされて、広がりのある、大きな人生を建て上げていることに気づかされます。
 幸せは遠くにあるのではなく、あなたの足下に、あなたの内側にある。いや、あなた自身が、すべての幸せの源なのです。幸せとは、あなたの「今」です。
 今週も、この恵みをしっかりと確認しつつ、歩んでいきたいものです。
神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。(ルカ17・20~21)

  すべて益となる人生  (10月16日)

 相撲では、十五番勝負のうち八勝すれば勝ち越しとなり、番付が上がります。野球は、打率が四割をマークすれば奇跡的大記録です。
 しかし、ビジネスの世界では、一つの失敗によって、今まで積み重ねたすべてに致命的ダメージを与えることがあります。また、元宇宙飛行士で、現在、日本科学未来館館長の毛利衛さんは、一瞬にして宇宙に突入して行かれた経験から、小さな一つのミスが死を招く、と語られました。
 人生においても、願うように結果が出なかったり進まないことがあり、また、失敗だらけ、むしろ「もうお終い」と思えてしまう時もあります。しかし、どのような状況も、そこはすでに神様の御手の中なのです。神様にとって、失敗も成功もありません。ただ、すべてが益と変えられる世界のみです。ですから、神様にある人生はいつでもやり直しができるのです。
 与えられた〈一度の人生〉という旅で、どんな小さな事にも感謝しつつ、忠実に、心を込めて、今週も歩んでまいりましょう。

   「神の造られたものは、みな良いものであって、感謝し
    て受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない」。
                                 (Ⅰテモテ4・4)

  一通の手紙  (10月23日)

 これはアメリカ・ペンシルベニア州の施設にいた八歳の少女のお話です。
 彼女はどの施設でも仲間はずれで、また、問題児扱いされていました。そして、新しく来た施設の院長も困り果て、何とか少女を追い出そうと考えていました。
 ある日の午後、部屋から外を眺めていた院長は、少女を追い出す絶好の口実を見つけました。この施設では、手紙を出す時には、院長か寮母の許可を得なければならないという規則がありました。ところが、この少女は、人の目をはばかるようにして門のところに駆けていきました。そして、その茂みにある木の下で立ち止まり、許可を得ていない一通の手紙を、そっとその枝に掛けたのです。
 院長は、さっそくその手紙を取りに行きました。枝から手紙を取り、すぐに封を破り、便箋を取り出して読み始めました。しかし、その文を読んだ時、院長は首を垂れました。その手紙にはこう書いてあったのです。
 「この手紙を読んでくれた人へ。本当に、本当に、本当にありがとう。」
 非難を受ける人ほど、内面は、本物を求めてやまない美しい人であることを知らされます。あなたは、この手紙からどんなメッセージをお聞きになりますか。

  神様のはかり  (10月30日)

 小学生の頃、健康診断で体重計に乗った時の事です。
 その頃の体重計は、体を乗せる台から上に柱のようなものが突き出ていて、ちょうど私の顔のあたりに表示板があり、こちら側と向こう側の両方で見ることができるものでした。向こう側で先生が、「35キロ」と言いました。しかし、私の側の針は、何と70キロを指していたのです。もちろん、私の側の表示が、何かの理由で狂っていたのです。
 私たちが、イエス・キリストという “はかり”の上に乗った時、その針はどこを指しているでしょうか。
 それは「あなたは神に愛されている」を指しているのに、あなたが、あなた側の針を自分で動かして、「こんな自分が神に愛されるはずがない」とか、「もっと立派なクリスチャンにならなければ愛されない」という目盛りに合わせてしまっては、不正確なものになってしまいます。
 神のはかりによれば、あなたは神の作品であり、かけがえのない存在であり、無条件に神に愛されているのです。これは、変わることのない真理です。
 箴言第11章1節で、「偽りのはかりは主に憎まれ、正しいふんどうは彼に喜ばれる。」と言っています。今週も神様の示される真理を歩んでまいりましょう。

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