2006年12月の霊想

  アドベント (12月3日)

 本日からアドベント(待降節)が始まります。多くの教会では、アドベントに四本のろうそくを用意し、毎週一本ずつ火を灯し、クリスマスを待ち望みます。
 アドベントとはラテン語で、『到来』を意味します。『アド』とは『どこそこへ』という意味で『ベント』とは『ベニーレ(来る)』という言葉が変化しました。ですから、アドベントとは『どこそこへ来ること』という意味になります。
 これと同じ語源から生まれた言葉に『アドベンチャー(冒険)』という言葉があります。最近は、縮小され、『ベンチャー企業』などという言葉になり、よく耳にします。これはアドベントと同じ言葉で、未来に向けて意識して用いられます。これから来ること、未知のことに向けて勇気を出して進んで行く、これが冒険です。
 アドベントとは、クリスマス―《キリスト降誕》という、まったく新しい世界の到来に向けて待ち望むひとときです。
 このクリスマスの時期、特に、アドベントの意義を深く心にとめて過ごしたいものです。

     「祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神、わたした
      ちの救主キリスト・イエスの栄光の出現を待ち望むよ
      うに」(テトス2・13)

  救いの道 (12月10日)

 元最高検察庁検事としてロッキード裁判で活躍し、有名になった堀田力氏は、ご自分の歩まれた体験から、次のように記しています。
「死刑を宣告された人は、僕が知っている限り、精神的にも肉体的にも荒れ狂います。人生をシャット・アウトされ、先に光がなくなるわけで、人間は先に光がなくなったら生きていけない。ですから、荒れ狂う。しかし、一年くらい経つと、自分の罪を認めた人は、人間として進んでいきます。自分のした行為を客観的に見られるようになり、相手の命も自分の命も同じだと認識できる。自分があがき苦しんで『生きたい』と思ったように、相手も生きたかったのだ。そういう相手の命を自分が奪ったのだ、と実感するようになり、自分の命を差し出すしか償いようがないという気持ちになる」と。
 加えて、心の中の戦いが終結するだけではなく、さらに進んで救いの境地に至るためには、その罪のために身代わりとなられたイエス・キリストを「わが神」と受け入れることです。そこに、地上の平安を超えた永遠の命が宿ります。今週も、このことをしっかりと心に留めて歩みましょう。

  生命は挑戦する (12月17日)

 宇宙飛行士の毛利衛さんは、小さいころから宇宙に浮かぶ星に興味をいだいていて、「いつか宇宙に行ってみたい」という夢を持っていたそうです。やがて科学者となり、宇宙開発事業団(現在は宇宙航空研究開発機構)が初めて日本の宇宙飛行士を募集するというニュースを見たとき、迷わず応募し、その結果、毛利さんは一九八五年八月、宇宙飛行士に選ばれました。
 一九九二年九月に初めてスペースシャトルで宇宙に行き、大変感動し、二度目のスペースシャトル搭乗に挑戦しました。
 NASAの若い宇宙飛行士候補との訓練では、彼らが何ら苦もなくこなす試験に、彼は何度も繰り返し挑戦せざるを得ず、はじめて『落ちこぼれ』を意識したと言います。しかも老眼になり、反射神経も落ち、「もう十歳若かったら」と何度も思ったと言います。
 しかし、二〇〇〇年二月、五二歳でNASAの宇宙飛行士としてシャトルに乗り込むことができました。宇宙から地球を見た時、苦しみながらもなぜシャトル搭乗にこだわったのか、その答えを見いだしました。それは、『生命というものは挑戦するもの』ということでした。
 今週、あなたは、この生命をくださった主に感謝しつつどのような挑戦をなさいますか。

  確かな贈り物 (12月24日)

  バージニア・オハンロンという8歳の少女が、約100年前に、新聞社に、「お友だちの中に、『サンタクロースはいない』と言 う人がいるのですが……どうぞ、本当のことを教えてください」という便りを出しました。
  この手紙に応えて、新聞社は『サンタクロースはいるんでしょうか』という題で長文の社説を載せました。
  社説では、まず彼女の手紙を紹介し、続けて「バージニア、あなたの友だちは間違っています」と語りかけました。「このごろ何でも疑ってかかる人が多い。目に見えるものしか信じようとせず、自分の小さな頭で考えて、理解できないものは存在しないと思ってしまう。
  だが、限りなく広い宇宙と比べたら、人間の知識など小さな虫程度のもの……。サンタクロースはいるんだよ。この世の中に愛や人への思いやりや真心があるのと同じように……サンタクロースがいなかったら、詩も、ロマンスもなく、人生は少しも楽しくない。一番確かで本当のものは、人間の目には見えないのです」。
  その後この社説は有名となり、世界中の新聞や雑誌に引用され続けています。
  目に見える贈り物以上に、信じる心、創造力、詩、夢という、目には見えないけれど確かな贈り物を確認する時こそ、クリスマスなのです。

  確かな希望を持って  (12月31日)

 一九九四年九月二七日、大型フェリー客船「エストニア」がスウェーデンのストックホルムに向けて航行していました。出航から六時間後、高波に襲われ、フェリーはバルト海に沈み、乗客乗員八五二名が死亡するという第二次世界大戦後にヨーロッパで起きた、最悪の海難事故となりました。
 乗客の一人、二十九歳のヘルステットさんが、船が沈む直前、甲板で、見ず知らずのサラ・ヘドレニウスさんに、「生きて、ストックホルムで夕食をしよう」と声をかけました。未知の青年の申し出にサラさんは「了解」と大声で答え、二人ともバルト海に飛び込みました。やがて、生還した二人は夕食を一緒にしたのです。まるで映画のような実話です。
 人生はまさに荒波に放り出されるようなものです。荒波の中に飛び込んでもなお、確かな希望を持ちつつ生き抜いた二人のように、主にあって、その偉大な力にあって望みをいただき、新しい年に備えていきましょう。

  「たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちにすべて
   の物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように、
   …こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい土台を
   自分のために築き上げるように、命じなさい」(Ⅰテモテ6・17、19)

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