2010年1月の霊想

  最強の生きる力 (1月3日)

 『生きる力』には、能力や体力、経済力などと様々あります。その中で最も大切な力は何だと思われますか。
 そうです、それは意志決定力です。
 私たちは、とかくぼんやりと時を過ごしやすいものです。なぜなら意志決定力が乏しいからです。意志決定力が乏しいと、しなければならない事よりもしたいことを優先してしまうため、ぼんやりとした時間を過ごしてしまうのです。そのように生きていると、「今日も○○をせずに終わってしまった」「今週も」そして「今月も」「今年も」……と人生の最後を迎えかねません。
 意志決定力をつちかうためには、ちょうど、体力強化の筋トレと同じで、意識して練習すること以外に道はありません。すべては考え方から生まれます。前向き創造的な考え方が意志決定力の土台になります。ですから、自分自身の怠惰さや、消極的な考え方を変えていく、すなわち、意識して思考を前向きに変える練習を、くり返し続けることです。
 現代は、精神的にも社会的にも経済的にも大変な時代です。このやりがいのある時代を乗り越え、未来への宝とするためには、一人一人の意志決定力の強化、深化が鍵となります。そして、この力があなたを、そして、世界を変えるのです。

  自己紹介 (1月10日)

 「自分は何者か」と自己紹介することはとてもむずかしいことです。人は、自分の〈存在〉を信じておらず、現実だけを受け止めているからです。
 「サッポロ」と聞いたら、何を連想しますか。数名の方々に伺ってみたところ、「ラーメン」「雪祭り」等、なるほどと思われる言葉を語ってくださいました。しかし、その答えは自分が勝ち得た現実であって真実ではありません。本来「サッポロ」は道庁所在地です。このように現実を真実と思い込んでいることが多くあります。
 自分に対しても、いつの間にか「私は不十分で、存在する価値がない」と、真実と異なったとらえ方をし、そのことにすら気づかないでいるものです。本来私たちは、「神の作品、キリストによってあがなわれた者。どんな時も大丈夫」と生き、その香りをまわりに放つ者として存在しているのです。
 その真実を取り戻すためには、「自分は神の作品、神の子」とすぐ答えられるように、心の中にある言葉を入れ替えることです。
 私は、今、不必要な「すみません」を「ありがとう」に変えるのに大変やりがいを感じています。しかし、祈りつつ意識していく時、必ず成し遂げることができると信じ、今日も励んでいます。
  あなたの挑戦は何ですか?

  カリスマ (1月17日)

 Aさんは、その道のプロとしてすでに良き働きをしておられますが、「カリスマと呼ばれたい。そのためにはどうすればよいのか」と尋ねられました。
 元々【カリスマ】とは、ギリシャ語で『神のすばらしい賜物(カリス)』の意味です。かつて、カリスマ美容師が無免許であった、と話題になったことがありますが、本来の意味は、神様から一人びとりに確実に与えられている贈り物です。ですから、神様のみ言葉の確かさに信頼し、神様との交わり(祈り)を通して、誰もが生きることのできる世界です。
 カリスマに生きている人に共通している特徴は、情熱的で、自信に満ち、ありのままの自分を受け入れておられます。人や状況に振り回されないばかりか、事が起きた時は良き対応をなさいます。ご自分がその専門において確信に満ち、他の人々の良きモデルとして生きておられます。
 人は皆、神の作品であり、『カリスマ人』です。神の作品として、私は何者なのか、何の目的に生かされているのか、どこから来て、現在どこにいて、どこに行こうとしているのかを知り、み言葉に従って生きるのです。
人々はあなたのことを『カリスマ(神の賜物)』とお呼びになるに違いありません。

  創(はじ)まり (1月24日)

 聖書は創世記から始まります。新しい年の始まりと共に、人生はどこからでも始めることが可能であることを深く覚えたいものです。
 「創」は「つくる・はじめる」という意味ですが、元来の意味は「刃物によって受けた創(きず)」のことです。
 枝を切り取って地中に差し込む挿し木を考えるとよくわかります。挿した下端の切り口から根が生えて、新しい株に育っていきます。
 人生はまさに、挿し木の手法を用いていくようなものです。
 リストラに遭い解雇されたり、理不尽と思うような切り捨てられる出来事に出会うことがあります。その時、出来事そのものを見つめ、落胆したりするのではなく、神様の恵みの中に、ちょうど木を土の中に差し込むように、その試練をゆだねていくのです。すると、やがて新たな希望の根が与えられ、大きな人生の始まりとなります。
 このように、普通では味わうことのできない創造的な生き方をなさる方が何と多くおられることでしょう。
 あなたにとっても、今年も、大小の試練から生まれる新しい感動の年、人生でありますように。

  あたたかさに包まれて (1月31日)

  仏教界二大指導者、浄土真宗本願寺派門主、大谷光真氏とダライ・ラマ14世の対談です。
大谷 仏教の普遍性に大きな信頼を置いておられるのはすばらしいと思います。けれどもお寺にいると一人でもたくさんの人を仏教徒に変えたい、クリスチャンを仏教徒にしたいというような欲がつい湧いてきますが…(笑)ダライ・ラマ もちろん、私もそうです(笑)。もしアメリカ人が仏教徒になってくれれば、本当にうれしい。私は仏教こそが正しい道だと感じていますが、それを他者に強く勧めることは決してしません。自分の信仰を大事にしていくことこそがより大切だと思います。

 あなたはこの対談をどのように感じますか。神に造られた作品である人間の正道だ、とお感じになるでしょうか。あなたがクリスチャンなら、まわりの人にクリスチャンになってほしいと願うのは正しい在り方です。そうであるならば、ダライ・ラマ氏が言うように、自分の信仰を大切にすることです。自分の信仰を大切にし、精進していく時に輝きを増し、まわりの人々が、気がつくとその明るさ、そのあたたかさに包まれている、ということを体験なさるのです。
米沢興譲教会の伝道も、いつもこのようになされてきました。そしてこれからも変わらない大切な在り方です。

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