2010年2月の霊想

  確かな一本道 (2月7日)

  京セラ、KDDIを設立なさった稲盛和夫氏が次のように語られました。

私がまだ若かった頃ですが、夜中にファインセラミックスの部品を作る工場を見回っていると、一人の技術者が窯の横で半べそをかいていたんです。「どうしたんだ」と声をかけたら「一生懸命やっているのに、何日徹夜してもなかなかできないんです」と答えるわけです。私は「お前、神様に祈ったか」と彼に問いました。「本当に全力を尽くしたのか。そうであれば、あとは神に祈るしかない」という意味だったのです。彼はすぐにはピンとこなかったようですが、再び勇気を奮い起こし開発に取り組み、見事にむずかしい製品を作り上げたんです。
                   『人間の本質』(PHP研究所刊)より

 どの宗教に入信している、いないにかかわらず、本気に生きる人、成功者の真の姿をここに見ます。神に祈る、すなわち「全力を尽くせるのも神の恵み」と、神にはじまり、神に帰する生き方です。どのような状況、どのようなお立場であっても、相通じる確かな一本道です。
 今週も、どのようなことがあっても絶えず祈り、すべてのことに感謝し(Ⅰテサロニケ5・17~18)、本質から逸れる(祈りを忘れる)ことなく歩んでいきたいものです。

  人をいやし、愛を引き出す  (2月14日)

  この霊想をお読みになる前に、ぜひヨハネ福音書第4章1節~30節をお読みください。恵みが無限大に広がります。
 神の愛(イエス・キリスト)に出会い、人生が根本から変えられた多くの人々を聖書の中に見ます。
 ここに登場するサマリヤの女は、人生のどん底であえぎ、地上の何ものも彼女をいやすことはできませんでした。しかし、キリストとの出会いによりいやされ、愛が引き出されていく様子がよくわかります。
 彼女はまず、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」(9節)と、キリストを見下ろす言葉で語っています。やがて「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです」(11節)と、同じ位置に降りてきます。最後には「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」(15節)と懇願しています。
 一連の心の変化はなぜ起きたのでしょう。それは、キリストが、サマリヤの女よりもさらに身を低くして接しておられるからです。「カウンセラーは小キリスト」と言いますが、キリストに出会い、心に迎える時、あなたの人間関係が刷新され、霊的な歩みが深められるのです。

  人生の両面を生きる  (2月21日)

 作家であり精神科医でもある加賀乙彦氏がフランスで精神科医としての研修をしている時の話です。
 フランス人と日本人との、心病む人の原因の異なりについて。日本では、みんなと異なる疎外感、孤独感で病気になる人がいるのに対し、フランスでは、個性がなくなり、皆と同じになる恐れが原因で病院に入っていらっしゃる方がおられる、と記しています。
 文化が違うと病気の原因もまた異なる、ということでしょうか。
 しかし、一枚の紙がどんなに薄くても裏と表があるように、人生も、「みんなといる時も良し、一人でいることも良し」という、両面を相持つ生き方が、この時代、特に問われているのかも知れません。
 世界が小さくなり、日本も少子化時代を迎え、高齢者国家となる中、共に生きることも、また一人で生きる知恵も、しっかり身につけていきたいものです。
「わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。
わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。」(ピリピ4・11~13)

  成長できる世界  (2月28日)

 人間は、死ぬまで成長できます。
  ここで言う「成長」とは、身体の成長ではなく、心の成長を言います。心が成長するためには、自分の感情と向き合うことが必要です。同じ涙でも、うれしさ、悲しさ、楽しさと、様々な感情表現をしているように、言葉を使って自分の感情を表現することです。そうすると、心は成長し、心の病がいやされたり、心が豊かになるのです。
 さらに、感情を言葉にできるだけでなく、言葉を組み合わせて感情を説明できる人を〈成人(おとな)〉と言います。
 子供は泣きわめくばかりで、その感情をなかなか言語化できないものです。大人になっても言葉による感情表現ができないと、コミュニケーション、すなわち人間関係が不得手となり、生きづらさを感じます。
 普段から内なる自分と仲良くなり、自分の気持ちに耳を傾け、感情と向き合い、それを言葉にし、書き記し残してみてはいかがですか?! 先に「死ぬまで成長できる」と言いましたが、たとえ書き手が亡くなっても、その人が遺した言葉による励まし、希望はいつまでも残るのです。

 「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」(ヘブル11・4)

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