2010年3月の霊想

  自分を育てるには (3月7日)

  列車に上りと下りの両方があるように、人生も、無理をしない時と無理をする時、その両方が大切です。
 「無理をしない」と言いますが、「無理」とは「理が無いこと」、すなわち、筋が通らないことです。折々に、しっかりと理の通る考え方、生き方を訓練していきたいものです。
 また「無理をする」とは、筋が通らず、理由が無くても実行することです。人生には、理由を説明できなくてもしなければならない時があるからです。
 南陽市に住むAさんは、四人のお子さんを立派に育てられました。
 ある時、反抗期を迎えたお子さんが、「なぜ誰々さんが持っているのに自分は買ってもらえないの」と言ってきました。Aさんはその勢いに少しも怯まず、「理由はありません。お母さんの声は天の声」と、このひと言でお子さんがすんなり納得しました。
 これは親の我を通すのではなく親の確信・自信です。
お母さんのその実体を、お子さんがしっかりと受け止めることができたからこそ、四人のお子さんが立派に成長なさったのです。
 理由の必要な時、不必要な時、両方相合わせ、しっかりと見極めながら生きていきたいものです。

  人生の視点 (3月14日)

 百万分の一グラムの歯車を想像できますか? もちろん小さすぎて肉眼では歯車に見えません。驚いたことに、それを実際に使う用途はない、と言うのです。それでは何の役にも立たない、と思われますか? ところが、この歯車を作った日本の会社に「この画期的な技術のある会社なら」と、世界中の企業から信頼が寄せられているのです。
 聖書は、「小事に忠実な人は、大事にも忠実である。
そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である」(ルカ16・10)と、小事に忠実であると共に、大事にも忠実であることの両面を語ります。小さな事だけに目がいくと最も大切な全体を忘れてしまうこともあるからです。
 日々の歩みの中、試練、困難、時には不可解と思えることがあります。しかし、この世界を造られた神様の目を通し、全体の一部として見ると、必ずそこに意味や、お金で買うことのできない価値、そのことを通してのみ得ることのできる「らしさ」を見いだします。
 一人一人が、生きる意味・人生の意味を問われている存在であることを確認するためにも、「大丈夫」という人生観を通して自分の位置を知る習慣を身につけていきたいものです。

  2000キロを旅する蝶 (3月21日)

 アサギマダラは、春に北上し、秋に南下を繰り返す、【渡りをする蝶】として知られています。
 2006年11月20日に、研究のため山形県蔵王山で放たれたアサギマダラが、日本最西端の与那国島で捕獲さ れ、何とその移動距離は約2246キロ、これまでのアサギマダラがもつ最長移動距離の記録を約100キロ更新したというニュースがありました。そして、昨年秋も蔵王山で放たれ、1500キロを経て、奄美大島近くの喜界島で捕獲されたのです。
 蝶は、風に乗り、人の思いをはるかに越えた旅をします。小さな蝶が大空を飛び、長距離移動する姿を想像するだけでも感動します。
 聖霊は風のよう(ヨハネ3・8、使徒2・2)とあります。私たちは、聖霊に助けられ、運ばれ、様々な出来事を乗り越え、人知をはるかに越えたところへと旅することができます。
 聖霊の風に乗るには何が秘訣でしょう。ある人にとっては悔い改め、あるいは、自分の古い習慣に土台を置くのではなく神の言葉に置くこと、また、み言葉によって培われることなど様々あることでしょう。
 ご自分ならではの秘訣を見いだし、聖霊による歩みの一週間でありますように。

  信仰の衣替え (3月28日)

 冬の厚い服から軽やかな春の服へと衣替えをする季節になりました。気分が一新しますね。さなぎが蝶へと脱皮し、春風に乗って飛び交う季節も間もなくです。
 蝶は、卵から幼虫、さなぎ、そして成虫と変わっていきます。この変化を蛻変(ぜいへん)と言うそうですが、青虫も、脱皮しなければ美しい蝶にはなれません。
 古いものを脱ぎ捨て、新しいものへと成長する蝶と同じように、私たちも、絶えず古きものを脱ぎ捨て、新しいものへと変えられていきます。
 その時に最も大切なことは、変わりゆく表面や外側ではなく、変わらない内面の確かさです。これが人生の基本となります。「たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。」(Ⅱコリント4・16)とみ言葉にある通りです。
 4月に洗礼を受けられるT姉は、カウンセリング・スクールを通して信仰を持たれました。スクールの授業を通して、その真髄が神の命であることを悟られ、「信仰なしにカウンセリングを語ることは不可能ですね」と、さり気なくおっしゃいます。
 信仰生活がいつも生き生きとし、内なる人が躍動するために、古き人を脱ぎ捨て(悔い改め)、日ごとに新しくありたいものです。

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