2016年5月の霊想

  選 択 (5月1日)

 「あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。」(ヨシュア24・15)
外国の大学で、学生に「これからの人生で、自分で選択したいことを書きなさい」と問うと、日本人以外の学生は「数枚書いてもまだ足りない」と言います。それに反し、日本人は「結婚」「仕事」など数行しかない、とよく言われます。
日本人は、大事なことを決める時、自分自身が主体ではなく、その場の状況で決めがちです。みんなが賛成しているから、つまり空気をしっかり読み、その状況に合わせることが日本式です。これは、決して悪いことではなく、長所もたくさんあります。
同時に、神の作品として、あなたならではの豊かな人生を歩むために、状況に振り回されるのではなく、状況を、あなたの内にある聖霊様の力によって変えていく、主体的な生き方も可能です。
一日にしてその生き方はできないとしても、そのように生きると決心し、信じ続け、主に信頼し続けていく時、豊かな結果を得ることができるのです。
今、日本は大きな岐路に立っています。一人一人、否、あなたご自身の、日々の主にある選択が、あなたと日本の未来を変えていくのです。

  共に生きる(5月8日)

 インド独立を『非暴力』を掲げて導いたマハトマ・ガンディーは「良きことはカタツムリのように、ゆっくりと進む。利己的な悪しきことには、翼が生えている。家を建てるには時間がかかるが、それを破壊するのは一瞬のことであるように」(『ガンディー魂の言葉』から)と残しています。
人間関係が環境や生態系にかける負荷を示す2012年の指標では、地球上のすべての人間が日本人と同じ水準の食生活をした場合、地球1.6個分の資源が必要となるそうです。人間の欲求は、この便利な社会において一層強くなっているように見えます。
キリストは「あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである。」(マタイ25・35~36)と言われました。また続けて「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」(マタイ25・40)とも言われました。
同じ家族や地域であっても、お互いが無関係、無関心が多くなっている今の時代、まわりの方々の必要を思いやる心でこれからも関わりましょう。

  善行切符(5月15日)

  運転をしていてパトカーに止められた時、「何か悪いことを…」と、とっさに考えるのではないでしょうか。
カナダのリッチモンド市警察は、人が抱くこの常識を覆しました。
リッチモンド市で青少年犯罪について取り締まりを厳しくしたところ、再犯率が下がるどころか60%以上に上がりました。そこで警察は「ポジティブ・チケット(善行切符)」という新たな試みを考え出したのです。バイクに乗る時にヘルメットをかぶっているなど、良いことをしている若者にチケットをあげ、それに様々な物との引換券の役目を持たせました。すると、10年後には青少年の再犯率が8%に激減したのです。ある不良少年はそのチケットを壁に貼っていました。「何と引き換えるの」と母親が問うと「引き換えないよ。おまわりさんが言ったんだ。君は素晴らしい子だ。何でもなりたいものにきっとなれるって。だからずっと取っておくんだ」と答えました。(G・マキューン著『エッセンシャル思考』より)
他人に対しても、自分に対しても、厳しく罰するとは別に、神の愛によって受け入れ、称賛する、という方法もまた、人生に恵みの結果をもたらすことでしょう。
今週、ぜひ、日常の中で試みてください。

  壊れない強さ(5月22日)

 重さ570キロを超える物体で、全ての旅客機に備えられてあり、どのような衝撃にも耐え得る「フライト・レコーダー」、通称「ブラック・ボックス」があります。これは、パイロット(操縦士)が客室乗務員や地上の管制官と、どのようなやり取りをしていたかを記録するボイス・レコーダーと、操縦士がどのような操縦をしていたかが分かる装置です。
この装置は、様々な困難な条件の中にあっても耐えて発見されるように作られているために、とても役立っています。
どんなに圧倒的な強さを誇るような国であっても、また別な大きな力が現れて来ると、新しい時代が作られてきます。その繰り返しが人類の歴史です。
しかし、そのような試練と困難に満ちた歴史の中にあっても、変わらず、耐え続けてきたのは神の言葉です。今あなたが自由に読むことができる聖書こそ、永遠に変わらない真理です。
イエス・キリストは弟子たちに、「天地は滅びるであろう。しかしわたし(イエス・キリスト)の言葉は滅びることがない。」(マタイ24・35)と言いました。
この確かな神の言葉の上に、あなたの人生を建て上げてまいりましょう。

  暗やみに光る星(5月29日)

 「神は、乗り越えられないような試練は決して与えません」という言葉は、時に、大きな希望を私たちにもたらします。
しかし、Aさんの場合、お子さんを小児ガンで失い、失望の淵にたたき落とされました。そのような時、友人からこの言葉を聞かされ、さらに心が傷つきました。
閉ざされた扉が開かれることを願いながらも、閉ざされたままで開かれない時、乗り越えられない時、試練が宝に変わらないような時があります。
神様は、乗り越えられない試練をも、時に与えられます。キリストご自身、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」(マタイ26・39)と祈られましたが、結果的には、それは叶いませんでした。
イエス様は、閉ざされたままの変わらない状況のただ中に、復活の姿で入って来られ、「安かれ、大丈夫」(ヨハネ20・19)と語りかけられます。試練のただ中にあっても、取り去られることのない平安を得ることができる神様との交わりの世界は、試練を乗り越えた恵みにもまさる、天来の慰めを受ける時であり、暗やみに光る星の輝きの世界です。

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