絶望と絶景(8月16日)
日々の生活をどのように生きるか、それがあなたの人生を決めます。
「生きるために生まれた」と考えるのか、人の最後は死で、そこを起点として「死ぬために生まれた」と考えるのか…。この二つのとらえ方は、ちょうど「絶望」と「絶景」の違いです。
「絶」は「織物を織ろうとしていた糸を絶つこと」あるいは「糸が切れてしまうこと」で、自分の未来の糸が切れてしまうこと、つまり、望みが絶たれることを意味しています。そこから「絶望」という言葉が生まれました。
しかし一方、「絶」には正反対の意味があるのです。「絶」の右と左を分離すると「色糸」となり、「この上もなく」という意味になり、「絶妙、絶景」という言葉に使われます。
時に、未来への希望が絶たれるように見えても、実は、それがこの上なく成長する天来のチャンスとなることを覚えたいものです。このことをしっかり心に留め、世の光であるキリストと共に歩んでまいりましょう。
わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう。(ヨハネ8・12) |