2016年8月の霊想
本物を見極める (8月7日)
ニラの卵とじと思って食べたら、突然、吐き気がした。これは全国的に春に起こるスイセンの誤食です。
なぜそのようなことが毎年起こるのでしょうか。
それは、どちらも良く似ていること。そして、家庭菜園人気や地域によってはおすそ分けが盛んなこと、何よりも、山野草採取が身近になっているからです。
ニラとスイセンに限らず、日々の様々な出来事の中で、なかなか良し悪しを決められないことがあります。そのような時、物事を神様の導きに従って判断するために、日頃から確かな信仰の目を養っていきたいものです。
イエス・キリストと共に生活した弟子の一人であるトマスでさえ、先がわからなくなったことがあります。トマスはイエス様に尋ねました。「主よ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。すると、イエス様は答えられました。「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」(ヨハネ14・5~6)
私たちも、神様との交わり(祈りとみ言葉)の時を持ち、小さなことにも主の御心を求めていくことです。そこにイエス様は答えてくださいます。その日々の積み重ねが、信仰の目を養うのです。
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絶望と絶景(8月16日)
日々の生活をどのように生きるか、それがあなたの人生を決めます。
「生きるために生まれた」と考えるのか、人の最後は死で、そこを起点として「死ぬために生まれた」と考えるのか…。この二つのとらえ方は、ちょうど「絶望」と「絶景」の違いです。
「絶」は「織物を織ろうとしていた糸を絶つこと」あるいは「糸が切れてしまうこと」で、自分の未来の糸が切れてしまうこと、つまり、望みが絶たれることを意味しています。そこから「絶望」という言葉が生まれました。
しかし一方、「絶」には正反対の意味があるのです。「絶」の右と左を分離すると「色糸」となり、「この上もなく」という意味になり、「絶妙、絶景」という言葉に使われます。
時に、未来への希望が絶たれるように見えても、実は、それがこの上なく成長する天来のチャンスとなることを覚えたいものです。このことをしっかり心に留め、世の光であるキリストと共に歩んでまいりましょう。
わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう。(ヨハネ8・12) |
新しい用いられ方(8月21日)
今まで廃棄されていたカニの殻などの外皮から生成した新素材「マリンナノファイバー」は、殻に含まれる成分を極細に粉砕し、繊維状にしたものです。水分を加えるとゼリー状になり、優れた保水性と保湿性があります。また、動物実験では、皮膚の傷口の治癒力が高まったり、大腸の炎症を抑えたりする効果もあります。さらに、食品に混ぜた時のダイエット効果や、小麦粉に混ぜてパンを作ると膨らみを良くしたり、モチモチ感が増したりします。農地にまくと農作物の免疫力向上や成長促進などの効果があり、プラスチックに混ぜると強度が高まるなど、様々な分野で期待されています。
今まで、必要を感じることなく、捨てるだけだった物が、研究者によって新しい成分と活用が発見されたことによって、なくてはならない物に変わっていきました。
あなたの中にも、まだまだ、新しく発見されるべき多くのものが秘められています。それを見つけるためには、「神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。」(Ⅰテモテ4・4)とあるように、与えられた日々の出来事の中で起こる一つ一つのことに感謝を捧げることです。
全能の神様と共に、感謝しつつ可能性を信じ、今週も、新しい発見の日々へと踏み出しましょう。
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自分との対話(8月28日)
「つい、声を荒げてしまう。このような性格を何とかなおしたい」というご相談を受けました。あなたはどのようにお答えになりますか。
なぜ声を荒げてしまうのか、じっくり自分に寄り添い、考えることです。相手が自分の思い通りにならない、自分の意見が通らないと、つい声が大きくなり、感情的になる人がいます。このような人は、相手を支配すること、相手が自分の支配下に入ることを喜びとします。自分の幼児性に気がつかず、相手と共に真理の前に立つ、という成人(おとな)性に欠けるのです。
自分の考えを相手に伝えることは大切です。しかし、声を荒げ、幼児性を丸出しにするのではなく、整理された考えで、相手にていねいに説明することです。
人間、誰でもこのような未熟な一面を持っています。自分の本当の姿に気づき、そのただ中に来て、あなたを慰め、「大丈夫」と言ってくださる聖霊様と共に生きることです。
人生は、一生、成長です。成長していらっしゃる人ほど、自分自身への問いを明確にしながら前進なさいます。自分との出会いの中、一番の親友である自分自身と良き対話の一週間でありますように。
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