2022年10月の霊想

復活の希望(10月2日)

今夏、100年以上の歴史のある全国高等学校野球選手権大会で、東北勢に優勝は難しいと言われ続けたジンクスを破り、仙台育英高校が優勝しました。

仙台育英の須江航(すえわたる)監督が好きな言葉は「敗者復活」です。昨今、「復活」は様々な意味で使われるようになりましたが、聖書を神の言葉と信じるクリスチャンにとって、復活とはイエス・キリストの死からのよみがえりを指します。キリストを信じる者は、この同じ復活にあずかり、栄光の体でよみがえります。死ですべてが終わる世界から解放され、不可能が可能となる原点。それが復活なのです。

準決勝で仙台育英高校と戦った、同じ東北代表の福島聖光学院は、キリスト教を土台とするミッションスクールです。その校歌に、「復活の主仰ぎゆく高き望みに恵あれ」との一節があります。その実現は目前と、同校生徒並びに教職員の方々はどれほど希望を強く持たれたことでしょう。

輝きの根源(10月9日)

教会員のAさんのほほえみの美しさ、輝きの理由を見つけることができました。

「毎月の第一聖日が楽しみ」と言う方が何人もおられます。第一聖日に、その月に受洗記念日または誕生日を迎える方々に立っていただき、主任牧師の祈りに、一同が心を合わせて祝福を祈るからです。その時には必ず、「あなたのご家族やご友人などで誕生日を迎えられる方がおられたら、その方をも覚えて祈りましょう」と招かれます。

Aさんは、その月に誕生日を迎える友人の名前を紙に書いて礼拝に出席し、招きに立ち上がり、共に祝福の祈りを捧げます。その度ごとに、友人に、興譲教会で共に祝福の祈りを捧げたことを伝えられます。中にはとても感動し、「その教会に自分も行ってみたい」と、このことがきっかけで教会に来られた方がおられます。

コロナ禍にあり、伝道が縮小されたかに表面は見えても、どのような状況でも、その状況下ならではの生き方があります。様々な状況にあって、Aさんのように、その時ならではの神様の恵みを見いだし、実践していくことは何とすばらしいことでしょう。

Aさんのほほえみの美しさ、輝きの根源はここにあったのです。
あなたも、あなたならではの輝きを。

感情との付き合い方(10月16日)

人生を豊かに生きている人の共通点は、自分の感情とうまくお付き合いしていることです。配慮のない自分の感情が原因で、大切な人間関係を失ってしまうことは誰にでも起こり得ます。特に、「腹を立てる」ことは一銭にもなりません。怒りの感情は壊すエネルギーです。

怒りの感情は、「~するべき」という理想と目の前の現実とのギャップが生じた時に生まれます。これをよく見据え、階段をつけ、ていねいに思考をプラスに変換する練習をなさると、怒りの感じ方が変わります。

Aさんご夫妻はご主人が理論派、奥様は情緒型です。A兄は奥様と話す際、「じゃあ、僕はどうしたらいいんだ?」と具体的解決策を求めますが、感情優位な奥様の答えにはいつも満足できず、イライラが募って終わるというパターンを繰り返していました。A兄は祈って頭を冷やした後、「神が与えた伴侶なのだ」という原点に立ち返りました。そして、問題解決は二の次三の次とし、その過程で神様がどう自分たちを導いてくださるかを確かめ合う時間を取るようになりました。彼の怒りの炎が徐々に消えていったことは想像に難くないでしょう。

怒りの感情が沸いた時は、神様との豊かな交わりのチャンスです。破壊から創造の人生へ焦点を変え、祈り、祈り抜き、新しい創造の世界をご自分のものにするのです。

人生を変える力(10月23日)

神の言葉は、人生を一瞬で変えます。これまでの人生で、このような体験をあなたもお持ちでしょう。

教会員のお一人が腰の激痛に悩まされ、数々の治療を試みましたが痛みは消えません。そこで、牧師にいやしを祈ってもらおうと、杖をつきながら教会の3階まで来て、必死に頼みました。しかし、牧師はあえて祈らずに彼女に言いました。「これから言う、み言葉を唱えなさい」と。彼女はそれを書き留め、立ち上がった時、まさに天来の恵みにあずかりました。⾧い間の痛みが一瞬に消え、腰を曲げ、杖をついていたのに、背筋を伸ばして帰宅なさったのです。

あなたもそのみ言葉をぜひ暗唱し、唱えてみてください。

・人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである。(マルコ10:27)
・あなたを選んで、自分の宝の民とされた。(申命記7:6)
・すっかりなおって、達者でいなさい。(マルコ5:34)
・わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない。(ヘブル13:5)
・わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである。(マタイ28:20)

人生を導く天空の輝き(10月30日)

日本一美しい星空が見える所は、⾧野県の『阿智村』です。
2006年、環境省によって「日本一、星が輝いて見える場所」に認定されて以来、多くの人が星空を目当てに集まる場所となりました。

私たちが星空を見ることに魅力を感じるのは、天地を創造された神のみ業を感じられるからかもしれません。詩篇の作者は、「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。」(詩篇19:1)と表しました。

信仰の父と呼ばれたアブラハムは、妻のサラとの間に子が与えられていないことで悩んでいました。それをご存知だった神は、「彼を天幕から外に連れ出して言われた。『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、『あなたの子孫はあのようになるでしょう』。」(創世記15:5)

アブラハムは、目を上げ、数えきれないほどの星を見たとき、無限の可能性を与えてくださる神の偉大さを知ることができました。そして、まだ現実には見てはいないが、言われたことは必ず成ると希望を持ち、信じました。主はアブラハムの信仰に対して、神への正しい霊的姿勢であることを認めたのです。

あなたの人生の中で、先が見えず悩むことがあった時こそ、将来を指し示してくださる神のことばに信頼して歩む時です。 (A.T.)

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