信仰義認(8月30日)

「信仰義認(しんこうぎにん)」という言葉は、教会で聖書を学ぶ時、どこかで耳にするキリスト教用語です。それは、「救い主イエス・キリストの義のゆえに、罪人が無罪とされ、神の子としての身分と、神の前に正しい者とされる特権が与えられること」を意味します。

この恵みを理解するために、あなたが被告人として法廷に立っている情景を思い浮かべてください。あなたは自らの罪を深く自覚しており、「間違いなく有罪判決を受けるだろう」と覚悟しているとします。ところが、裁判長が下した判決は「無罪」です。驚いてその理由を尋ねると、なんと自分の代わりに罪の代償をすべて支払ってくれた方が現れ、あなたの罪の記録は完全に消し去られたというのです。

「でも、私はまだそんなにまじめになっていませんし、償いのために良い事は何もしていません」とあなたが訴えたとしても、裁判長は毅然としてこう答えます。「代価を支払ったのは、イエス・キリストです。あなたは何もしていませんが、その立場は罪人から義人へと完全に変わりました。もはやあなたに罪は認められません。この法廷から出て、自由な者として生きなさい」と。

この判決を尊重し、本当にそうなったのだと信じて生きることが、「信仰義認」という福音に根ざした人生です。その恵みを確認し、今週、また新たに歩みを進めてまいりましょう。

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