1999年10月の霊想

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   短 い 手 紙  (10月3日)

 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」これは、徳川家康の家臣、本田重次が奥様に宛てた、最も短い手紙の例として、よく引用されます。
 世界一短い手紙と言えば、ビクトル・ユーゴが『レ・ミゼラブル』で出版社と交わしたものが有名です。ユーゴの往信が「?」、すなわち、「売れ行きはどうか」というユーゴの問いに対し、出版社が「!」、すなわち、「売れ行き良好」と返事したのです。
 全六六巻という膨大な聖書は、神があなたに宛てた、個人的手紙です。しかしながら、聖書は、短く要約することができます。
 クリスチャンのことを、「あの人はアーメンか」と、意のあるところを語る人がよくおられますが、まさに、「アーメン(まこと・しかり)」こそ、神があなたに宛てた手紙の内容そのものです。
 十字架の上で、神様はみわざを成就してくださいました。その救いを信じる者は、また「アーメン」と応答することができるのです。
 今週も、私たちのためにいのちを捨てて、救いを成就してくださった神、イエス・キリストからの手紙に、「アーメン」と応答しつつ、歩んでまいりましょう。

     小事に忠実  (10月10日)

  小事に忠実な人は、大事にも忠実である。
             (ルカ16・10)

 この度の東海村の事故は、多くの真理を語ります。 科学が急速に進み、私たちの生活に、どれほど多くの潤いをもたらしていることでしょう。しかし同時に、熟慮し管理する人間性、ひいては、個人の歩みも成長することが要求されます。
 人々を恐怖に陥れた事故の原因は、極めて初歩的で、当然のことを当然としなかった事から起きた事故であると伝えられています。
 日毎の生活においても、慣れてくると、つい、怠惰になったり、不忠実になりがちです。この地上に生かされている間、自らの内にある愚かさや周りから押し寄せる否定的なエネルギーとしっかり戦いながら、小さな事に忠実に歩んでいきたいものです。
 どのような状況にあっても、生き生きと、主の霊のぬくもりで満たされるコツは、日々、み言葉に親しみ、よく祈り、生活の中で実践し、現場で信仰を培い続けることに他なりません。生活の大事故も、当たり前のことを当たり前としない、ゆるみから生まれることをしっかり覚え、今週も、クリスチャンの基本を大切にしてまいりましょう。

   西暦二千年を迎えるにあたって  (10月17日)

 来年は、イエス・キリスト降誕二千年になります。この記念の年を迎えるにあたり、多くの国々や集団、人々が、記念の年を最も思い出深いものにしようとしています。
 先日訪れた、フランス、イギリスでも、記念の建物が建築中でした。
 米沢市内のあるホテルでは、西暦二千年の瞬間に、記念として、特別のイベントを行うため、教会に協力を要請してこられました。
 当教会では、プロジェクト・チームを中心として、意義のある年とするため、あなたの、そして、人々の心に残る企画を祈り求めています。「このようなことはどうか」というあなたのご提案を、ぜひ、数多くお寄せください。
 また、個人の信仰生活においても、二千年に入ってからではなく、その年を迎える前に、どのような事をもって、イエス・キリスト生誕二千年記念の年とするかを熟慮なさり、祈り求めることは意義深いことでしょう。
 今、この時に生かされて、ミレニアム(千年紀)という、歴史の瞬間に立ち会うことがゆるされている特権を、深く覚えたいものです。

   本当の私を求めて  (10月24日)

 遠藤周作著『本当の私を求めて』の中に、女優が、どんな役をやりたいか、と言われると、阿呆の一つ覚えのように「悪女の役をやりたいのです」と答えると記されてありました。女性と言わず、人間の本心のあらわれかもしれません。内面の不十分さ、汚れをしっかり覆い、抑圧し、それが露わになることを恐れ、放射能漏れを恐れて二四時間神経を使う施設のように、ピリピリと生きることに疲れている現代人の一端かもしれません。
 遠藤氏は、雑誌上などで「自分が悪女と思う方は連絡をください」と、悪女を募集したそうです。応答のすべては、悪女願望者であったり、「盗みで言うこそ泥程度の人たちばかり」であったと記していました。
 自分でレッテルを貼り、勝手に怯えているのであり、客観的に見て、内にあるものは大差ないようです。
 罪とは、内なる汚れを指すというよりも、罪からあがなわれた者であるにもかかわらず、自分勝手に、得体の知れない「自分はダメだ」という偶像をもとに自分を決めつけ、叩いていることに他なりません。この罪に気がつき、人生の原点--神の子であり、点キリストにより、救いはすでに完成されている--に帰りたいものです。古いレッテル、看板は降ろし、日毎に解放された歩みをし、その生き方を人々に伝えていきたいものです。

  自分の心を治める  (10月31日)

  自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる。
                (箴言16・32)

 子供は、自分を取り巻く世界を、すべて、感情で受けとめます。特に、マイナスの感情である悲しみ、怒り、不安などは、一度取り込むと、自分の中で自然増殖するだけでなく、周りをも巻き込んでいくことになります。
 精神的に、さらに、霊的に「成人になる」とは、毎日の生活の中でマイナス感情が生じた時に、自動車のギアをバックから前進へチェンジする時と同じように、今、自分がマイナス感情にいることに早く気づき、気づいたら、そうならざるを得ない自分の気持ちをとりなし、感情ではなく、思考をもって、そこに対処することが肝要です。
 自分の心を治めるとは、問題のただ中で、その問題に振り回されるのではなく、一旦、問題の外に出て、物事を見ることを意味します。外からものを見るとは、祈りを通して、神様から理性が与えられ、情ではなく、神様からの知恵で事に処することです。
 大事なことは、頭で理解し、さらに、繰り返し繰り返し、生活の現場で、一回一回ていねいに練習することに尽きます。

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