2006年1月の霊想

  霊想はお休みです。  (1月1日)

  あなたの計画はゆるがな  (1月8日)

「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない」(箴言16・3 新改訳)
  「あなたのしようとすることを主にゆだねよ」と神様は私たちを日々、招いておられます。自分一人でしなくともいいのだよ、と言われるのです。「人生、どこからでもやり直し」に成功する秘訣は、自分一人ではなく、神様に働いていただくことです。そうすれば、あなたの計画はゆらぐことなく、必ず成功します。
「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。」(ピリピ2・3)
 主にゆだねるとは、怠けて人生を送ることではありません。実現に至らせてくださる神に信頼し、今、自分に与えられている能力と状況の中で、自分以上でも、自分以下でもないありのままの自分にご一緒してくださる神様と共に生きることなのです。
 十字架上でのイエス様の最後の言葉は「完了した」でした。私たちのために命を賭け、自分を最高に生きる、救いの道を開かれた神が、あなたの人生の計画を完成へと導いてくださいます。神様にゆだねると、すべて「終わりよし」と、神様の栄光があなたの生涯に豊かに現れます。主に在って、あなたの計画はゆるぎません!(F)

  身体の声を聞く  (1月15日)

 ロシアの宇宙飛行士・レベデフさんは、無重力宇宙飛行で二百日以上、無重力状態におられた方です。そのように長く無重力状態にいると、健康管理に気をつけないと地球に帰れなくなってしまうそうです。毎日の体の運動を欠くと、筋肉が弱くなり地球に帰ってきても歩くことができなくなります。それに夜も昼もない生活ですから、強い鉄の意志を持って生活を律しなければならないと私たちは考えます。
 そのことを問われ、レベデフさんは、「宇宙に居ると『身体の声』が聞こえてくる」と答えられました。『身体の声』が聞こえてきて、時に十分、時には二時間も、身体が「もういいよ」と語りかけるまで身体を動かすのだそうです。自分の意志ではなく、身体の声に従って生きるのが、宇宙空間での生き方というわけです。
 「地上に降りたって生活しても、身体の声が聞こえますか」という問いに、「地上では、一切、聞こえない。奥さんの声がよく聞こえた」と、冗談を言われました。
 私たちの日常生活でも、いつも語りかけておられる神の声に耳を傾けて生きることが、どんな状況にあっても大丈夫、と生きる唯一の、また最も確かな生き方です。 忙しい日々にも「静まって私こそ神であることを知れ」(詩篇46・10)のみ言葉を実体化していきたいものです。

  教育の土台 (1月22日)

 フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソーは、その教育論『エミール』の中で、子供を駄目にする一番簡単な方法を記しています。 
 ここで読むのを止めて、あなたなら何と答えるか、考えてから次をお読みください。
 いかがでしたか。彼は「欲しい物をなんでもあげること」と記しています。「なるほど」とうなずきを覚えない人は誰もいないことでしょう。
 不足を知る、困難に直面することによって、人間をどれほど豊かに、また、愛の人に育てることでしょうか。
この肝要なことが忘れられている時代です。
 しかし、真の希望や確かさに支えられない欠乏は、人を歪め、卑屈にします。
  教育の土台は信仰に他なりません。自分自身のみならず、他者をも含めて豊かに生きるため、今週も、私たちの真の希望・確かさである神を土台とし、神の意志、み言葉をかみしめつつ歩んでまいりましょう。

        「神のみこころに添うた悲しみは、
         悔いのない救を得させる悔改めに導き、
         この世の悲しみは死をきたらせる。」
                          (Ⅱコリント7・10)

  奉仕とは  (1月29日)

 最近、「何か奉仕をさせてください」という方が多くいらっしゃいます。『奉仕』は、ギリシャ語で『ディアコニア』と言います。『ディア』とは『~を通して』、『コニア』とは『ちり』という意味です。このことを申し上げると、「奉仕の原点は掃除をすることですか」と返されましたが、自分自身に、他人に、そして、主のために、いつも美しくさわやかに、清潔に保つことは、何とすばらしいことでしょうか。
 ちりは放っておくとすぐたまってしまいます。ですから、生活の中で、絶えず掃除をする習慣をつけておくことは大切です。
 さらに、私たちの外側を掃除すると共に、内なる人をも清潔に保ちたいものです。
 では、掃除でぞうきんやほうきを使うように、内なる掃除に必要な道具は何でしょう。それはみ言葉です。み言葉がぞうきんとなり、ほうきとなってあなたに仕えます。掃除上手な人は道具を使い慣れているように、生活の中でみ言葉と一体化し、どのような状況も喜び、試練をも宝に変え、落ち込む人がいる時に引き上げ、共に主を見上げる生き方こそ、奉仕の原点に違いありません。
 そのようなあなただからこそ、奉仕に、より一層の輝きが満ちあふれているのでしょう。

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