2006年5月の霊想

  物みな生きる世界  (5月7日)

 気仙沼湾でカキの養殖を営む畠山重篤さんが、京都大学の社会連携教授として迎えられ、多くの感動を呼んでいます。
 「海は、川や森、山によって成り立つ」というトータル的な視点を打ち出し、〈『森は海の恋人』運動〉を起こしました。その運動の一環として、漁民による植林運動を開始しましたが、多くの学者からは、「科学的根拠はあるのか」と、冷ややかな応対を受けたと言います。
 しかし、実際に成果が上がり、京都大学では、林学、理学、水産学など、切り離されたものを一つにしたフィールド科学教育研究センターが設立され、現場から教授として迎えられたのです。
 今までの学問は、「全体」というよりも「部分」に徹し、「狭く・深く」という流れでしたが、畠山さんのような「全体の一部」というとらえ方が、この時代に、新たな命をもたらしています。
 人生も、一つ一つにとらわれるのではなく、それらのすべてを統べ治める神様の目を通して「今」を見る時、「この川の至るところにては物みな生くべきなり」(エゼキエル47・9文語訳)のみ言葉を、生活の中で体験できるのです。

  母さんの聖書  (5月14日)

 四人の牧師が集まって、「最も優れた聖書はどれか」と議論していました。
 一人の牧師が言いました。「欽定訳聖書(ジェームズ一世の命により翻訳編集された英訳聖書)が最も優れている」。簡潔で美しい文章の聖書だったからです。
 すると、もう一人の牧師が言いました。「改訂版聖書(欽定訳聖書の改訂版)が最も優れている」。文語訳よりも文学的で、ヘブライ語の原典により忠実な聖書だったからです。
 もう一人の牧師は、モファット訳聖書(スコットランドの聖書学者ジェームズ・モファットが二十世紀当初に英訳したもの)が最も優れている」と言いました。
 ずっと黙ったままの牧師がいました。他の牧師に意見を求められ、この牧師はこう答えました。
「私は、母の聖書が最も優れていると思います」。
 これを聞いて、三人の牧師は驚きました。この牧師の母親が聖書を訳していたとは知らなかったからです。しかし、この牧師は言いました。
「母は日々の暮らしの中で、聖書の教えを身をもって示してくれました。そんな母の聖書こそが、私には最も尊く思えるのです」。

  ある司教の墓石  (5月21日)

 次の文は、ロンドンのウェストミンスター寺院にある英国国教会司教の墓石に刻まれた言葉です。

 一一〇〇年…まだ若く、自由で限りない想像力を持っていた頃、私は世界を変えることを夢見ていた。
 成長して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということがわかり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。
 しかし、それさえも、変化することはないように思えた。晩年になって、最後の必死の試みとして、せめて、私に最も近い存在である家族を変えることで我慢しようとしたが、悲しいかな、それもかなわなかった。
 そして今、死の床について、突然、私は気がついた。もし、私が自分自身だけでも変えたなら、それを模範として、家族を変えられたことだろう。そして、彼らのインスピレーションと激励によって、自分の国を改善できたであろう。
 そうすれば、ひょっとすると、私は世界をさえ、変えることができたかもしれない…。

 右記の文を繰り返し読んでみてください。今週、あなたの歩みに大きな指針を得ることができます。 

  高校生伝道のため  (5月28日)

 若者たちに伝道をと、日夜あなたも祈り、思いめぐらしておられることは、何とすばらしいことでしょう。
 全国的な高校生伝道団体 hi-b.a.(ハイ・ビー・エー) があります。特に、当教会の津川新香姉は、東京で、この組織の大きな要となって、良きご奉仕をしておられます。
 高校生時代に信仰を持ち、信徒として、また、伝道者として大きな働きをされている方が、たくさんおられることを覚える時に、私たちも、様々な形で、この伝道活動を支援したいものです。
 ハイ・ビー・エーでは毎年六月に、『レッツ・ビー・フレンズ(友だちになろう)』と呼ばれる伝道集会を行っています。目的は、日本の高校生にイエス様のことを伝えることを通して、日本のリバイバルのために伝道することです。具体的には、アメリカン・スクールの高校生が日本の高校生に賛美をしながら集会の案内を配り、夕方は、決められた集会場所でメッセージや寸劇をします。この働きのために覚えてお祈りください。
 本日の礼拝では、この働きをする姉妹自身が証しをしてくださいます。お祈りくださると共に、また、資金の面でも、ご支援いただければ幸いです。

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