2006年6月の霊想

  聖霊に満たされる (6月4日)

 教会の三大行事の一つであるペンテコステ(五旬節)は、聖霊に満たされた人々によって教会が生まれた、教会の誕生日でもあります。
 あなたは、「クリスチャンとはどんな人ですか」と聞かれたら、どのように説明なさいますか。「神の霊、すなわち、聖霊に満たされて生きる人」とお答えになる方もおられるでしょう。
 私たちの人生、私たちの体は、聖霊の宮(Ⅰコリント3・16、6・19)であり、聖霊に満たされる時に豊かな実(愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制)を結ばせることができます。
 では、どうしたら、聖霊に満たされるのでしょうか。様々な方法の中の第一番目は、「聖霊の宮である私の、この状況の、このところに、神の聖霊をいっぱいに満たしてください」と、切に祈り、願い求めることです(ルカ11・9~13)。
 御霊に満たされる体験において、時に、異言が与えられたり、試練の中にあっても平安に満たされたり等、あなたならではの豊かな結果を必ず得ることができます。
御霊に生きる終わりのない祝福、その深みの第一歩として、まず、「満たしてください」と祈り、その体験を日ごとに積み重ねてまいりましょう。このことが、クリスチャンの祝福、そして最も大切な一つです。

  内なるいのち  (6月11日)

 私たちは、内面よりも目に見える外面的なものに惑わされがちです。しかし、本物はいつも内側からスタートします。
 神様ご自身も、「人は外の顔かたちを見、主は心を見る」(サムエル上16・7)と言われました。「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづく」(Ⅱコリント4・18)のですから、目先のことに振り回されず、内なる確かさをつちかいたいものです。
 また、外なる人は滅びていく、すなわち、移り変わります。しかし、「たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」(Ⅱコリント4・16)とあります。さらにガラテヤ書を見る時に、「ああ、わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする」(ガラテヤ4・19)とあります。パウロがここで「形ができる」と言っていますが、原語のギリシャ語〈モルフォス〉は、幼虫が蝶になるということを指す言葉です。すなわち、内なるいのちが外に現れるということです。
 み言葉を噛みしめ、神との交わり(祈り)をする時、誰でもこの世界をご自分のものにすることができます。
今週も心して歩みましょう。

  三つの価値ある交換  (6月18日)

一、前半と後半を交換する。
 人生の前半は、たいていは後半の成功のために費やされるものです。楽しみは後にし、今、試練に立ち向かうことです。それは多くの確かさをもたらします。後半の人生のために、前半(今)があるからです。

二、人生の量を質と交換する。
 何か、たくさんあると満足を得るということがあります。意味の少ない砂利を多く集めることも、その中からダイヤの原石を見いだすことも、いずれも可能です。人生の豊かさは、たくさんあること、すなわち、量ばかりではなく、質によって得られるからです。量から質へと変えていきたいものです。

三、試練から宝へ
 人生は、前進しようと思えば思うほど、困難、試練に満ちています。そこから逃げ出したくなったり、立ち往生したりすることがあります。しかし、しっかり祈り、み言葉に立つ時に、試練こそが神様からのメッセージであることがわかります。祈り、神と直結して対面していく時、どのような試練も宝へと変えられていくのです。

 今週も、三つの価値ある交換を確認しつつ歩みたいものです。

  感謝の音色を (6月25日)

 ニコロ・パガニーニは、史上で最も偉大なバイオリン奏者の一人と考えられています。
 十一歳で初めてコンサートに出た時、彼はすでに名演奏家でした。彼の技術はバイオリンのテクニックに革命を起こしました。一八四〇年に亡くなった時、パガニーニは、生まれ故郷のイタリア・ジェノバに自分のバイオリンを遺贈しました。
 しかし、条件が一つありました。それは、「今後、誰一人、このバイオリンを弾いてはならない」というものでした。バイオリンが贈られたことを大変喜んだ町の長老たちはその条件に同意し、美しいケースに入れ、誰もが見られるようにしました。
 ところが、木製の楽器には特徴があります。使用しているうちは傷まないのですが、使わないまま放っておくと朽ち始めるのです。同様のことがこのバイオリンにも起きました。虫に食われ、使い物にならなくなったのです。同時期に作られたバイオリンは、才能ある音楽家から次の音楽家へと世代を超えて引き継がれ、今も、聞く人にすばらしい音楽を奏で続けています。
 試練の弓が生活を擦ることでしょう。その時に、愚痴ではなく、感謝の音色を奏でたいものです。そのことによって、あなたの内に命の光が灯り続けるのですから。

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