2010年5月の霊想

  構えろ ! 狙え ! 撃て ! (5月2日)

 『境界線』はあなたが好きな一冊に違いありません。
その著者の一人、ヘンリー・クラウドは精神科医で、熱心なクリスチャンです。彼は『境界線』で大切な3つのステップを記しています。
 それは「構えろ・狙え・撃て」です。しかし、私たちはともすると、「撃て・構えろ・狙え」と、順不同にすることがあるものです。
 まず「構える」とは、周到な準備をすることです。日本でも「段取り八分、仕事二分」と言いますが、物事の勘どころをしっかり押さえることです。まず祈り、み言葉によって一日、一週を備えていらっしゃるあなたの生き方を指します。
 「狙う」、すなわち「成果は焦点を絞ることで得られる」ことを意味します。「あれもこれも」と望む事のみ多い私たちですが、聖書は「二心では何も得られない」(ヤコブ1・7~8)と諭します。
  「撃て」とは、決断し、実行することです。良き準備をし、しっかりと狙っているのに、なかなか最後の決断をしないことを、「石橋を叩いても渡らない」と揶揄することがありますが、最後は決断を下し、それを実践することに尽きるようです。
 この3つの順序、バランス、統合が鍵となります。

  母の日に  (5月9日)

  【女】という漢字は、足を『く』の字に曲げ、手を胸の前に出している、祈る姿の象形文字です。【祈】という漢字は祭壇の前に近づいていく姿を表しています。
 なるほど、とうなずかれる方もおられるでしょう。
 母の日礼拝で必ず歌う讃美歌五一〇番の歌詞「母は涙かわく間なく祈ると知らずや」のように、家族一人一人を慮るその根底に、愛する者のためのとりなしの祈りがあります。
 米沢興譲教会のメッセージを欠かさず聞いておられるAさんは、息子さんが多感な高校生の頃から「いつか結婚する相手の女性にも、今日も祝福がありますように」と、まだ誰もお付き合いする人がいない時から祈り続けられました。しかし息子さんは結婚する気配はまったくなく、祈りが無駄のように感じられる時もありました。
そのようなある日、息子さんが「この人と…」とおっしゃり、今は祈りの祝福を現実のものとなさっています。
このように、お母様の祈りが家族の祝福の基となられた方が、教会にたくさんいらっしゃいます。
 今日は母の日。お母さんの祈り、女性の祈りによって社会が支えられ、歴史が作られていることの感謝と喜びを主にささげたいものです。

  最も大切な習慣  (5月16日)

 私たちは「私が自分の人生を生きてきた」と思っていますが、それは真実ではありません。「私の人生が私を生きてきた」のです。
 私たちは、ほとんど考えることなく行動します。歯を磨く時、歯磨き粉の成分は何かを考え、歯ブラシの回数とその結果について思いめぐらす人がいるでしょうか。
ただ、いつものようにいつものことをしています。生活行動や思考は、このように、慣れ親しんだ習慣によって作られます。
 習慣によって行動や思考が培われるのであれば、神に喜ばれ、あなたにとっても良き結果の出る習慣を身につけることが肝要です。
 最も大切な習慣の一つは、「人生の主役はいつも自分自身である」こと、あなたが鈴木さんなら、鈴木丸の船長は自分自身であることを覚えて生きることです。すると、ストレスを感じたり、人や状況のせいにすることから解放され、楽になります。さらに、船長は私でも船主は全能の神であることを、知的に理解するだけでなく、祈りの中でくり返し思いめぐらし、思いや表情となってあなた全体から湧き出るまでに習慣化することです。
 この世界がご自身の実体となり、さらに深めていくことができる恵みは何とすばらしいことでしょう。

  あなたのお召しになるもの  (5月23日)

 『馬子にも衣装』と言いますが、着る物によってその人の雰囲気が変わることがあります。
 同級生のAさんは「和服がいい」と、最近では和服一辺倒でご満悦です。「メタボも隠せるし、ゆったり感があるから……ただ難点が一つ。動きが洋服のようにいかない」とおっしゃいます。彼の奥様は、若い時から和服がお好きで、そのご主人に対して、「そんなことはありませんよ。いくらでも、洋服と同じように動くことができます」と、和服にしっかり馴染み、着こなしておられるお姿を拝見します。
 確かに、着る物によって気持ちも行動も変わるのかも知れません。
 私たちクリスチャンにとって、和服であれ、洋服であれ、最もすばらしい着物は、キリストです。

     「あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。」
                          (ローマ13・14)

 キリストは私たちのあらゆるものを包み込みます。そのぬくもりの中で自分のごう慢(罪)が示され、その罪のために死なれたイエス様を救い主と信じることができます。「イエスはわが主」と暗証番号を入れ、天国との回線を強固にしながら、主との交わり(祈り)の中、聖霊によって自由に歩むことができます。

  失神しない方法  (5月30日)

 知人で私と全く対照的な人がいます。能力の優れた人 ですが、ただ一つ、スピーチだけは死んでもしたくないというのです。
 その彼が結婚式のスピーチを頼まれました。当然断るはずでしたが、自分の部下ということもあり、断り切れず引き受けました。頑張り屋の彼は本屋さんでその種の本を買い、最も良いところを抜粋し、暗記して備えました。ところが、当日、彼の前の人がそっくりそのまま、一語も違わないで同じ話をしたのです。話半ばで知人の彼は失神してしまいました。
 失神は「神を失う」と書きますが、神無しとする人は失神人生を生きているようなものです。つまり、頼むところは己の努力のみ。自分がわかる範囲内では完璧にこなせるが、一歩その外に出た途端に立ち往生し、自分を見失ってしまう生き方です。
 失神しない方法はただ一つ、あなたにどのような過去があり、今からどのような状況になろうとも、神はあなたと共におられ、あなたが神を握るのではなく、神があなたを丸ごと抱いておられる、という事実を信じることです。このことを体全体に染み渡るまで唱え続けていくことが人生のコツです。

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