2010年8月の霊想

  人生の道 (8月1日)

 高速道路無料化実験が始まりました。高速道路の長所は設備の整った安全な道を高速で走れることです。また、渋滞に出会わない限り、時間が短縮され、体力的にも楽です。しかし、道の一番の目的は、快適さを味わうことではありません。目的地にたどり着けるということです。
 イエス・キリストは、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」(ヨハネ14・6)と語られました。人生の道であるキリストの言葉を頼りに歩んでいく時、必ず目的地へ、つまり父なる神と出会いながら生きることができるのです。
 23歳で洗礼を受けた藤尾英二郎さんは「これから後、一生の間、1回も休まないで礼拝に出席させて下さい」と祈りました。そして81歳の時、三千回目の礼拝に出席され、「礼拝に出ると、どういう訳か分からないが、とにかく一週間は行かなくても良い所へは行かなくて済み、しなくても良いことはしなくて済み、全ての途で守られている」と証しされました。礼拝から礼拝までを繰り返し、繰り返し喜んでいる間にとうとう81歳になったというのです。 
 今週も人生の道であるキリストを通して歩んで参りましょう。

  キリストに似る  (8月8日)

 良き師を得ることは大切です。
 作品を発表すると、「○○先生に習っているのですね」と言われることがあります。師匠の教えに忠実に、素直に練習するため、師匠の作品に似てくるのです。
 同様に、クリスチャンの究極は、イエス様に似る者となることです(使徒11・26)。しかし、イエス様に似るとは、地上の師匠とそっくりになることとは違います。
 イエス様に似るとは、「私たちを罪から救い出し、三日目によみがえられたイエス様は、どんなことをも最善にしてくださる」と、可能性に満ちた人生を歩むことです。その時、あなたらしさが生まれます。神の作品であるあなたは、あなたにしかない音色、輝きを放つことができます。
 キリストの弟子として、人と比べるのではなく、時代の価値観に振り回されるのでもない、あなたならではの平安、感謝の音色を放っていきましょう。具体的には、前向きな言葉、主に栄光を帰する言葉をもって、イエス様を表現できることは何とすばらしいことでしょう。

   「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映す
    ように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられ
    ていく。これは霊なる主の働きによるのである。」
                           (Ⅱコリント3・18)

  み言葉を食べる  (8月15日)

  食事の時よく噛むことが大切です。特に、30回以上噛むと唾液がたくさん出ます。唾液の成分は、酵素、ビタミン、ホルモン、無機質などで、添加物や農薬、発ガン物質の害をかなり減らします。
 実りある人生の鍵は、聖書に生きることです。具体的には「み言葉を食べる」(エレミヤ15・16)ことです。
 み言葉を食べるとは、たとえば、「できない、ダメだ」と思う状況の中で、「主にあって、その偉大な力によって強くなりなさい」(エペソ6・10)のみ言葉を、食物をよく噛むようにくり返し唱えることです。試練に遭遇するたびに、み言葉を念じながら挑戦するのです。当初はうまくいかないことがたくさんあります。しかし、それは失敗ではなく、「別な方法があると教えてもらった」と心に留め、工夫・改善していく時、あなたならではの方法を見いだします。さらに、くり返し挑戦することによって心の筋肉が鍛えられ、大きな祝福がやってきた時に、しっかりとそのチャンスを活かす備えになります。
 何気ない日常でも、ぼんやり過ごすと古い考えや時代の価値観に流されそうになります。ですから、み言葉を昼も夜も口ずさんで(詩篇1・2)自分を整えるだけでなく、あなたを通して多くの人々に自信を得ていただくための神の国の大使として、励んでいきましょう。

  サルに教えられる生活の知恵   (8月22日)

京都大学霊長類研究所で飼育されているニホンザル十数匹が研究所から脱走した、というニュースがありました。飼育場はフェンスで囲まれ、サルが飛び越えられない高さの脱走防止用鉄板も張られ、さらに、上部と下部には高圧電線も設置されていました。
 計算し尽くされ、逃げ出すことができないはずの飼育場から、サルはどうして逃げたと思いますか。
 フェンスに残っていた手の跡などから、飼育場の中にあるサカキやヒサカキに登り、枝に弾みを幾度も付けて飛び越えたことがわかりました。まず最初に、ボス級のメスザルが飛び越え、次々にそのサルを真似て脱走したのです。
 逃げ出したサルは、その日のうちに捕獲されましたが、計算では飛び越えることが不可能であるにもかかわらず、人間の常識を越えたサルの知恵に驚かされます。
 このことを通し、どのような状況でも、今与えられた所で「できることは何か」と考え、知恵を用いていく時、必ず道が開かれることを教えられます。
 何よりも、全知全能であり、神の知恵たるキリストが私たちと共におられます。あきらめず、チャレンジしていきましょう。

  隣人愛  (8月29日)

  最近、高齢者の所在が確認されないまま、長期間、放置されていたと報じられています。中には百十一才で存命とされていた男性が、一人住まいの自宅で30年ほども前に、誰にも知られずに亡くなり、ミイラ化した遺体で発見されたという出来事がありました。日本がここまで来てしまっていたのかという驚きと共に、悲しみが湧き上がってくるのを抑えることができません。
 なぜ、家族間でも互いに無関心となり、一人一人が孤立してしまうような状況になってしまったのでしょう?
 元来、日本社会は『向こう三軒両隣』と言うように、人とのつながりを大切にする社会でした。しかし戦後、経済的に豊かになるにつれ、個人主義が優先され、お互いが無関心になっていきました。
 日本人にとって個の確立はとても大切な課題です。自分の考えや信念をしっかりと持つことは、自分らしく生きることの土台となるからです。しかし一方でつながりを失い、今回のような所在不明老人を多く生み出すような個人主義の弊害が見えてきます。
 これを解決するのは、個に支えられた隣人愛です。ひとり子を賜うほどに「私」を愛してくださる神の愛で自らを愛し、自分を愛するように隣人を愛することが、今の日本に必要とされています。今週もその愛を鍛錬する一週間としてまいりましょう。

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